照れ臭そうに、少し済まなそうに笑っている“京子”。
『ええええええ~!!!!?』
デビューより約4年、躍進著しい女優の意外な登場に、スタジオ中をどよもす驚倒の叫び。
キョーコはぺこりと一礼し、励ますように笑う光からマイクを受け取った。蓮と視線を交わして二人同時にまっすぐ前に向き直る。
「えー、そういうわけで。きまぐれイチの人気者“坊”の中身はなんと!
「敦賀さんとの婚約を発表なさったばかりの女優・京子さんでした!!」
話を差し出す光の指先にちょっと目を遣り、キョーコは頬を染めながらマイクを握りなおす。
「…皆様、今日まで坊に親しんで下さってありがとうございました」
深々と頭を下げるキョーコの上に、『え?』『あれ』と語尾の過去形に気付いた人々の呟きが降って来た。女優は小さく息を入れ、ゆっくりと身を起こす。
「はい、今月一杯で私即ち初代“坊”はきまぐれを卒業いたします」
ひときわ大きな喚声が上がった。えええ、やだ、そんな、と惜しむ声のひとつひとつを抱きとめるように両手を胸の前に合わせ、キョーコは半泣きの笑顔を浮かべる。
「坊は私の最初の芸能活動で、ずっと皆様に可愛がって戴いて、私にとってもとても楽しいお仕事でした。できればずっと続けたかったのですが…スケジュールの折り合いがつかなくなって参りましたところへ…その」
「俺との結婚が持ち上がり、更に彼女を忙しくしてしまいました。それを望んだわけではありませんが、彼女の坊を皆様から取り上げることになり申し訳なく思います」
あとを引き取って、今度は蓮が頭を下げた。
「つ、敦賀さん、そんな」
慌てて起こそうとするキョーコの手(羽)を取り、俳優は大きな目を覗き込む。
「だけど…それでも。誰を、何を犠牲にしても、どうしても君が欲しい。これが、俺の最大の秘密」
「…!!」
ひゃああああ!!どよめきは最高潮に達し、空気どころか床が揺れたように感じられた。そんな中、鶏の体の上に乗る娘の顔は血圧が心配されるほど赤くて赤くて赤くて赤くなる。
「だだだだ、だから、そういうことを、人前でっ…!」
「だって、これは秘密を暴露するコーナーなんだろう?」
「…京子ちゃん」
光が、静かに呼びかけた。マイクを握る指の関節が妙に白いけれど、いつものように朗らかな笑顔で。
「は、はい」
「敦賀さんに、お返事しなきゃ。いや、そりゃ婚約してるんだから“お返事”はしてるんだろうけど、ここはやっぱり、盛大な愛の告白のお返しが要るんじゃない?そうすれば、俺だって…
「 準備ができるし」
「え」
「ほら京子ちゃん」
「え、ええ!?そんな、むっ無理です!秘密です!!」
「秘密なら尚更言ってもらわなな、リーダー?」
慎一がぽんと光の右肩を叩く。そして反対側を、雄生が。
「それがウリのコーナーやもんなー」
「そうそう」
男たちの結託に、半人半鶏は進退窮まる。じり、と後ずさろうとして蓮の瞳に出会った。飛びあがりそうになる。優しいのに。甘いのに。愛おしそうなのに、ひたすら求める眼差し。哀訴とも強要とも区別がつかない。
「うっ…あ、あの……」
あうあうと唇を歪ませ、世間に幾多の顔を見せて来た女優は素のまま狼狽している。その頭が、がくりと前に垂れた。耳まで真っ赤にして、彼女は小さく小さく呟いた。
「わっ…私だって、その…っ…だ、だいすきです…」
「よっ、しゃー!!」
ぱっちーん。光がアクションつきで指を鳴らした。途端に、ステージの袖からわらわらと人が出て来る。女性ばかりだと思ったら、どうもどの顔も見覚えがあるではないか。
「え、ヘアメイクさんにコーディネーターさんに…!?」
呟く間に、女性たちは光に紙袋を渡しキョーコに近付く。女優を引っ捉え担ぎ上げるようにして出て来た場所へと引っ込んだ。すると今度は男のスタッフたちが現れ、ステージの隅で景気よくトンカンやり始める。
「え、あ?」
「ちょ、何事…リーダー?」
「よし、お前らも準備せえ」
呆気に取られている仲間に、光が紙袋の中身を投げ渡した。何か白い布地…服?
「て何やコレ、スモックみたいな…」
「お前ら賛美歌歌えるやろ。幼稚園とき教会通っとったゆうてたし」
「はあ!?無茶言いなや。あとで菓子買うてもらえるんが目当てで親についてっとっただけやん、そないなモン忘れるどこかそもそもアタマからうろ覚えやっちゅう…
「え、あれ?」
慎一は手の中のスモックと…黒いかっちりした上着に加え、やはり紙袋から出した無庇の丸帽をかぶり十字架を身に着ける光を見比べる。雄生も同様だ。ただしこちらは更に蓮に視線を遣り、困ったように嬉しいように微笑している姿を見てなぜか赤面してしまった。
「なあ、リーダー…それ、丈は短いけど、神父さんみたいちゃう?もしかして」
雄生の声に、せかせかと身支度を終えた光が簡単に頷いた。
「ああ。敦賀さんと京子ちゃ…さんなあ、日本で結婚式せえへんのやて。報道は入れんと、身内だけでひっそりやるゆわはるやんか。そ~んな秘密みたいなん、許してええか?俺らの坊の一大事やで」
「リーダー…」
ここらで、観覧席にも期待と興奮の空気が満ち始めている。
光がステージからはけて行くスタッフたちを見送り、仲間を促した。
「セットもできたみたいやな。お前ら、はよそれ着い」
「あ、ああ」
慎一・雄生ができたてのセットに目を奪われながらスモックをひっかぶる。大きなステンドグラスに彩られた窓の下、神の子の像に見守られて静まる教会の祭壇。
そこへ、またしても大きなざわめきが上がった。
振り返る男たちは、押し出されるようにステージに戻って来たキョーコの姿に目を吸い寄せられる。
純白の…ドレス、靴、手袋、ブーケ、ヴェール。清楚な花嫁が、可憐に頬を染めて立っていた。
蓮が優雅に進み出、キョーコの手を取る。
「俺たちには…いや、君には秘密が許されないそうだよ」
苦笑しつつ囁くのに、光が応えた。
「そうですよ、大事な仲間ですからね。一生モンの姿を拝ましてもらわんわけには行かへんのです!
「っちゅーわけで!!」
ブリッジロックのリーダーは笑顔で観覧席とカメラに手を振った。
「きまぐれスペシャル、トリは敦賀蓮京子夫妻の結婚式予行演習~!!!」
うわあ、と弾ける歓声。床がリズミカルに踏み鳴らされる。
「さーて坊、年貢の納め時やで。覚悟決めてもらおか」
にやり、と言って祭壇へ向かう光。なにか複雑な顔でそれを追い、譜面台の楽譜を自信なさげに取り上げる雄生と慎一。
「そんなあ…」
キョーコには知らされていなかったらしい。身も世もなく照れまくって悶えているのを、蓮がそっと促した。
「君の綺麗な姿を早々に見られて、俺は嬉しいけど」
「~っ、し、知ってたなら教えてくれたって…!」
「逃げるから言うなって口止めされたんだ」
う、と女優が口を閉じる。確かに、知っていたら逃げたかも。
蓮は朗らかに笑う。
「もう覚悟を決めよう?これも君のステージだよ、女優さん」
「そういう言い方は、ずるいです…」
もごもごと呟く婚約者に、彼はそっと微笑んで片手を差し伸べた。
「行こう。…キョーコ」
キョーコがデコピンでももらったように蓮を見返し、くしゃ、と情けない顔をした。差し出された手を見つめる瞳が揺れ、何回かの深呼吸のうちに少しずつ静まって行く。
諦めたように、吐息をつき。
「――――――はい」
微笑んだ花嫁は、そろり、と手を新郎に預けた。