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唐紅 -宝物-

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逃れられない想い sideキョーコ 後編


 待って!!待って、待って…!!まだ、夕方です!!16時を過ぎたくらいなんです!!お陽様も絶賛活動中です!!だっ、だからあなたが出てきちゃダメな時間です~~~!!

「取り消しは、なしだよ?」

 ニヤリ、と不敵に笑ってみせるそのお顔…。…視線だけであらゆる者の身も心も奪えそうなほどの色気をおたたえになったその人物は……

―――よっ、夜の帝王~~~!!―――

 一番苦手な人物の登場に、私は本気で目を回してしまいそうになった。…でも、辛うじて意識を保てたのは、防衛本能だったに違いない。

「…好きだよ、最上さん…」

 ただでさえ密着していた私達。そっと彼の右手が、私の左耳をくすぐり、後頭部へと回される。そして左手は、私の顎を掬いあげ、後数センチというところまでいつの間にか詰められていた私達の最後の距離をゼロにする手助けをしようとしている。

 ……てしっ

「……最上さん。」
「……はっ、はははっ、はい……!!」
「何かな、この無粋な両手は……。」

 超至近距離のまま、敦賀さんが非常に不服そうに眉をひそめている。…そんな彼の顎に、私は両手の指先をあて、その唇を阻んでいた。

「だっ…だって……。」
「俺の大好きな君の手だけれどね。ここで前に出てくるのはいただけないな。」

 私が必死の思いで己の唇との接触を阻んだ彼の艶やかな唇は、私の掌の上を「ちゅっ」「ちゅっ」と音を立てながら移動していく。

「あっ、あの…きっ、キスというのはですね、お付き合いしている人達がするものでありまして…!!」
「うん、愛し合う二人のスキンシップの一つだね?俺も最上さんとするの、好きだよ。」

 !!さらりと何やらものすごい台詞をおっしゃった~~~!!

 未だ『無粋な』私の両手に唇を押しあてて破廉恥な音をたてる敦賀さんは、うっとりと私の両手を見つめ、唇を寄せ続ける。

「わっ、わわわわ…私達、つっ、つ、付き合ってませんです!!」
「うん。だから今すぐ付き合おう。そして、たくさんキスしよう?」
「!!??~~~~~っ!!!!」

だっ、だだだ、誰か…!!誰か助けて~~!!

 私の掌、甲、そして10本の指先…余すところなく口付けを落とし終えた敦賀さんは満足げに笑って、もはや彼を阻止する能力を奪われた両手を右手一つで封じてしまう。
 そして改めて私に視線を絡ませてきた。

「俺は君が好きだよ。きっと君が想像している以上の想いを君に寄せている。…君が俺を見限ることはあったとしても、俺が君を手放すことはない。」

 間近に迫った秀麗な顔に、もはや逃れる術がなく、固く瞳を閉ざした私。そんな私の唇に、触れるか触れないかの位置で敦賀さんが告げる。
 吐息と、触れることはないけれど感じる熱に、ビクリと身体は反応した。

「もし…君が俺を好きだと本当に思ってくれているのなら…。どうか、受け入れてほしい。」

 私の手を包み込む、彼の右手。…キスで麻痺した私の手が震えているのだと思っていたけれど…ふと気付くと彼の手も、同じように震えていた。

「何度でも言うよ。君が俺を受け入れてくれた後も、ずっと君に言い続ける。」

 そろりと瞳を開けると、切なげに細められた、けれど燃え上がるほどの熱を感じる視線が私を射抜いていた。

「君が、欲しい。君だけが欲しい……。」
「つるが…さん……」

 ぽろり、と。私の瞳から零れ落ちたものは、一体何だっただろう?それは決して悲しみの涙ではなかった。でも、ただ幸せだから零れ出た涙でもなかった。
 …悲しみと言うには心が温かすぎる。幸せと呼ぶには、胸を締め付けるこの感情を表せない…

 敦賀さんは、零れ落ちる涙を大きな左手でそっと拭ってくれる。少し視界がはっきりした世界で微笑む敦賀さんは、困ったような顔をしていた。

「最上さん。…返事を、くれる?」
「あ……。」
「今の気持ちを、正直に言ってくれたらいい。…ただし、覚悟して?今がダメでも、俺は絶対に君を諦めないから。」

 そうして彼は、私を再びしっかりと抱きしめる。震える身体を、抱きとめてくれる逞しい腕。…この腕に囚われて、逃れられる人なんているわけがない。

「……す、き……。」

 掠れた声が発することができたのはその二つの音だけ。でも、これだけできっと、充分だった。
 瞬きも忘れた私の瞳が見つめる先。その先の人物は、切れ長の瞳を大きく見開いた後、これまでに見たことがないほど表情を崩し、ほんにゃりと微笑んだ。

 その笑顔は、『敦賀蓮』の表情とは思えないもので、本当に幸福に満ちあふれた心からの笑顔だということが嫌でも分かるものだった。

「…可愛い。」

 思わずそう呟くと、彼ははっと我に返り、私から顔をそむけた。

「ふふふっ、敦賀さん、可愛いです。」
「…それは男にとって嬉しくない褒め言葉だよ。」

 そむけられた表情は見えないけれど、染まる頬が可愛らしかった。思わず笑ってしまうと、敦賀さんが不服そうに呟いた。それがおかしくて、止めることができない笑いが溢れてくる。

 強張っていた身体の力が抜けた気がした。そのことが彼にも分かったのだろう。敦賀さんは頬を染めたまま、照れくさそうに笑うと、そっと私に触れるだけの口付けをした。

「…好きだよ、君が。」
「…ありがとう、ございます。」

 まだ『好きだ』と返せないけれど…。でも、彼の言葉を否定する気にはなれない。可愛い彼の素顔まで、見てしまった今ならば。

「それじゃあお嬢さん。…俺とおつきあい、してくれますか?」
「…それは、ダメです。」

 幸せいっぱいの可愛い彼の笑顔。でも、その私の言葉によって、一瞬のうちにそれは崩れさる。

「……どういうことかな……」
「!!??っつ、敦賀さん……!!いっ、痛い!!痛いです!!」

 低く地獄の底から響いてくるような声音で尋ねてくる敦賀さんは、私を彼の身体に取りこむ気満々だとばかりに力任せに抱きしめてくる。

「……何、もしかしてここで襲ってほしかったりするのかな?」
「!!??何物騒なことおっしゃっているんですか!?」
「じゃあどういうこと?君が俺を好きなら、君が欲しくて気が狂いそうな男をこれ以上待たせる問題が、どこにあるっていうんだ?」

 グルルルル……と唸る敦賀さん。その餓えた肉食獣のような冷たくも熱い視線で射抜かれると、恐怖で身体が震え始める。

「だっ、だって……!!私はまだ相応しくないんです!!」

 これ以上黙っていたら頭からむしゃぶり食われそうな雰囲気に慄いた私は、呼吸もできないほどに抱きしめられたまま、声を限りに叫ぶ。

「相応しくないって、何が?」
「あっ、あなたの隣に立つことが……!!だって、私はまだ1年とちょっとしかこの業界にいない、ぽっと出の新人タレントなんです……!!」

 いくつかの話題作に出演させていただいているとはいえ、私は自分の評価を誤ったりはしない。
 たまたま監督の目にとまったり、共演した方々が素晴らしい人たちだったり、話題になるほどの名作だったりしただけで、決して私の実力だけで全てがうまくいったわけじゃない。『京子』はまだ世間の人に評価されていない。ましてや『最上キョーコ』ならなおさらだ。
 そんな私が、若くして芸能界のトップに君臨する敦賀さんの隣に立つことなど、許されるわけがない。

「…あのね。君、自分がどんな評価を受けているか、本当に分かっている?」
「分かっています!!分かっているからこそ、まだダメだと言っているんです!!」
「…うん、分かっていないね。全く、君って子は…。まぁ、そういうところも好きだから…仕方ないけれど……。」

 敦賀さんは「ふぅ~~~……」と深く息を吐き出すと、私を拘束する腕を緩めた。

「君の気持ちは分かった。それなら、君が納得するまで待つよ。ただし、条件がある。」
「条件、ですか……。」
「うん。今すぐ君が欲しいのを待つんだから。条件の1つや2つ、受け入れてくれてもいいだろう?」

 …なんだろう、私の中の何かが警笛を鳴らしているわ……。人畜無害な紳士面を浮かべているこの男を信じるな、と……。

「じゃないと俺、このまま君をここで…「!!わっ、わかりました~~!!不肖、最上キョーコ!!敦賀様の仰る条件、全て受け入れまする~~~!!!!」」

 警笛はそれはもう「ビーッビーッ!!」と激しく脳の中で鳴り響いていた。でも、今を生きる私を守ることのほうが大事!!怪しく光る瞳が、何やら物騒な言動を起こしそうだったので、私は彼の言葉を受け入れた。

「うん。それが賢い選択だね。…大丈夫。無茶を言うつもりはないから。」
「…………。」

 にこり、と笑う彼の表情は非情に胡散臭い…。でも、ここで突っ込みをいれたらどうなるのか…想像はつかないものの、いい事が起こるわけがなかったので、私は無言を貫くことにした。

「あぁ、そうだ。その前に君、『日本アカデミー賞』の最優秀主演女優賞のこと、どう思う?」
「『日本アカデミー賞』…ですか?」

『日本アカデミー賞』の『最優秀主演女優賞』。天宮さんから聞いたことがある。その賞を受賞した人は、容姿はもちろんのこと、実力も兼ね備えた人々ばかりだと言っていた。…あの天宮さんが毒も吐かずに絶賛する女優さんばかりなんだから、歴代の受賞者はきっと素晴らしい人々のはずよね。確かに彼女の口からでてきた女優さんはテレビをあまり見ない私だって知っている人ばかりだったし。

「そうですね、実力のある、選ばれた人だけが受けられる賞だと思います。」
「もし、君がその賞を受けられたら、君は自分の実力を認める?」

 アカデミー賞の最優秀女優賞を受ける、私……。…想像が全くつかないんだけれど、そんな賞を得られる日がきたら、きっと自分自身を認めることもできるだろうな。

「そうですね。そんな栄誉ある賞がもらえる日がきたら。」
「……そう。」

 想像もつかないことだから、何とも実感のあるものとして考えられないけれど…。きっと、後10年もしたら少しは考えられるのかな?

「じゃあ、その賞を得られた時に、今度こそ俺を受け入れて?」
「ふぇ!?」
「栄誉ある賞をもらえた君は、俺の隣に相応しい女優さんだろ?」

 にっこり、と笑ってみせた敦賀さん。…あなた、一体何十年待つ気ですか!?

「もちろん、俺も大人しく待つつもりはないよ?賞なんか関係なく、君を口説くつもりだ。…でも、強情な君は中々首を縦に振らないだろうし…。だから、ゴールを決めよう。」

 一瞬、やっぱりからかわれているのかと疑いかけた私に、敦賀さんが悪戯好きの少年のような笑みを浮かべて宣言する。

「…おっしゃる通り、私は強情ですよ?だから、きっとあなたを何十年もお待たせするかもしれません。」
「望むところだ。…俺の愛を見くびられたら困るな。」

 互いに挑戦的な視線を向け合う。…きっといつか、私達は互いを高め合って、そして頂の上で、手を取り合うことができるのだろう。その前に、私が敦賀さんに絡め捉える可能性もあるけれど。

「それじゃあ、条件。その1。お付き合いが始まったら、すぐに俺の家に住むこと。」
「ど、同居…ですか。」
「何言っているの。愛し合っている男女の場合は『同棲』。…同居なんて絶対しないから。そんなもの、耐えられるわけがないだろ?」

 ??ど、どういう違いなのかしら?…まぁ、後何十年か先の話なら…別にいいわよね?

「わかりました。」
「うん。じゃあその2。お付き合いから一週間後には婚約しよう。」
「!?ふぇ!?」
「本当は結婚したいんだけれど…まぁそれもいきなりすぎるから、婚約で許しておいてあげるし。結婚は、1年先まで待ってあげる。もちろん、君が待てないっていうんなら、すぐにでも結婚する準備を整えてみせるよ。」
「!!結構です!!」
「あ、そう?じゃあこの条件もOKだね?」
「えぇっ!?あの、ちが「あぁ、早く君を『マイラブ(俺の奥さん)』って呼べる日が来ないかな……。」」
「っ~~~~!!!!」

 うっとりと微笑みながら私の抗議の言葉を完全に封じてしまう敦賀さん。…あまりの台詞に、私も結局は訂正をすることができなかった。
 …うん、でもまぁ何十年も先なら…結婚適齢期かなり過ぎているくらいだし…いいか。

「それと、これは現在の話。クリスマスと、バレンタインデーと俺の誕生日だけれど。どれもプレゼントはいらないから。」
「へぇ!?」
「その日は、君の唇をちょうだい?」

 敦賀さんは、私の唇に右手の親指を押し付けてくる。「んっ」と声が漏れ出て、羞恥に赤くなった私を、敦賀さんは艶やかな微笑を浮かべながら見つめ、魅力的な唇を開く。

「キスが付き合っている男女しかできないものなんだっていうなら。…クリスマスとバレンタインと、俺の誕生日だけは、俺の恋人になって、君の唇をちょうだい。」

 「他にはなにもいらない」と言った彼のあまりにも切ない視線に…。こくん、と肯くことしかできなかった。「ありがとう」と言って、抱きしめてくれた彼は、最後にこう言った。

「でもね、覚えていて?俺はいつだって君を求めているよ。…それこそ、半年先を待てないくらいなんだ。」

 あまりにも切実な響きの声に、胸が詰まって……。私は、やけにリアルに期間が定められていたことに気付かなかった。
 そして私は、私を閉じ込める檻を着々と準備する敦賀さんに全く気付かずに…彼からの甘く、時に強引なアプローチから必死に逃げることしか考えられない日々を送ることになる。



******

 そして、約半年後……

「そして、栄えある最優秀主演女優賞は…『密やかな想い』の『峰岸 彩』役、京子さん!!」
「…………!!??」

 『密やかな想い』は、『日本アカデミー賞』のあらゆる賞にノミネートされ、そしてたくさんの最優秀賞を飾っていた。海外での映画祭にもとりあげられ…なんだか色んな賞を受賞することにもなっていたし、本当に新開監督やスタッフの皆さんの力量、それに敦賀さんと古賀さんの演技力の高さに、感服するばかりだった。…アカデミー賞の主演女優賞に私の名前がノミネートされていると知った時も、うっかり映画の素晴らしさに皆さんが血迷っただけだと思っていたのに…!!

「おめでとうございます、京子さん!!」

 司会者の感極まった祝福の言葉が耳に木霊する。茫然と座席に座りこんでいた私。そんな私を輝かしい笑顔で当然のごとくエスコートし、受賞のあいさつをするスタンドマイクまで誘う敦賀さん。

「あっ、あわわ、あわわわわ……」
「…おめでとう、キョーコ?」

 真っ青な顔でこの場に立った人間が、これまでにいただろうか…?そして、この場所までエスコートしたあげくに……

「今夜は、寝かせてあげないからね?」
「ひぃっ…………!!」

 こっそりと、耳元で夜の睦言を思わせる一言を残して去っていった男がいただろうか……!!

「誰か…誰か、これは夢だと言って~~~~っ!!!!」

 マイクが拾った切実な私の叫びは。…その年の『流行語大賞』をとることとなる……。
 
 そして悪夢のようなその日。逃げに逃げていた私は、とうとう捕獲されることとなる。
 愛と言う名の監獄の、ハート型の南京錠のついた立派な檻の中に閉じ込められた私。その夜、『敦賀蓮』と言う名の檻は、艶やかな笑みとともに、「愛しているよ」と囁いた。
 …そしていつしか甘い檻は、『久遠・ヒズリ』という名に変わり…ニ度と逃れられない想いを私に与え続ける。


「愛しているよ、キョーコ。」
「はい…。私も愛しています。……久遠。」





「秘められない想い」で翻弄されたキョーコちゃんのその後のお話、「逃れられない想い」をななち様から頂きましたv

最初から、かっ飛ばしているキョーコちゃん。強気な姿勢が頼もしいです。
そして、そんな彼女に攻めまくりの蓮。全く容赦がありません。

前編で2人の勢いのある口論と本気の攻防をニヤニヤと見ていたら、後編は蓮の独壇場で怒涛の展開。
計算高いと言うか、腹黒いと言うか、人が悪いと言うか……こんな男に見込まれたら逃げられようはずもありません。
さすがのキョーコちゃんも、腹を括るしかありませんよねー。


ななち様から頂いたのは1本のお話だったのですが、「長いので、途中で切って構いません」というコメントに、私の方で2つに分けて前・後編とさせていただきました。
引くならここかな?と独断で分割したのですが、テンポの良いお話の雰囲気を損ねていなければ良いのだけれどとドキドキです。

ななち様、とても楽しいお話をありがとうございました!


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