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唐紅 -宝物-

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秘められない想い side蓮


 君を想う心は。ずっと俺の中で育っていたんだ。それこそ君が他の『王子様』に現を抜かしていた頃からね。
 そんな俺の本気の想いが、軽いわけがないだろう?誰にも止められない、自分でも秘められないこの想いは。

 溢れだしたら、もう止められない。

 だから、覚悟してね?君が俺の想いを受け入れるまで、…いや、受け入れてくれた後だって、君を想って、君の傍にいて、君に愛を囁いて、君に触れて…。ずっと、君を愛し続ける。

 俺の想いは重量級だよ。だって、俺は君しかいらないんだから。…俺の愛、全て受け取ってね?




 暖かな春の陽光が射し込む河原のロケ現場。その空気と同じように、俺の気持ちも穏やかだったんだ。

 今撮影中の映画、『密やかな想い』。新開監督の初めてといってもいい、純愛ストーリーの主演を務めるのは、俺と最上さん、そして…『抱かれたい男№2』という称号を持つ古賀弘宗君。
 俺と同期に近い彼と最上さんは、この映画で初めて共演することになった。彼らの出会いは俺と彼女の初対面の時とは正反対で、互いに好意を寄せあっているのが、他人の目にも明らかなほどだった。ストーリーが『幼馴染との恋にゆれる三人の男女の恋愛ストーリー』という、焦れったい内容であることも要因となって、俺の気持ちに余裕を持たせてはくれなかった。
 そんな俺の機嫌を敏感に感じ取ってしまう最上さんは、撮影が進むにつれて俺の傍から離れるようになっていった。そんな彼女に対して、機嫌が良くなるわけがなく…。悪循環の結果が、俺の感情の爆発を呼び、そして、一人で彼女を泣かせてしまったのだが。

 その泣いたあの子と過ごした数時間の後。俺達は久しぶりに穏やかな空気で話をすることができたんだ。

 …なのに、君って子は。どうして浮上した心を奈落の底に突き落とすんだ……




 俺が単独の撮影に臨んでいる間に、三人目の主役、古賀君が現場入りしたようだった。監督の話を聞きながら、視線をちらりとそちらに向ける。

すると、ちょうど最上さんが古賀君にあいさつをしに近寄って行くところだった。

「…気になるか?」
「…いえ、別に。」

 その俺の視線の先に気づいたのだろう。新開監督がにやりと人の悪い笑顔を浮かべていた。完全な冷やかし顔に対し、俺は平静を装って答えた。

「可愛くない男だねぇ、お前も。」
「あなたに可愛いと思っていただかなくて結構です。」
「…おやおや、紳士の『敦賀蓮』ももはや形無しだね。」

 ま、今のお前のほうが、俺は好感、持てるけれど。と言って、ニッと笑う監督。…別にあなたに好かれたいとは思っていませんがね。

「ま、後はチェックだけだし?もうすぐ解放してやるから。」
「……はい。」

 ぽん、と叩かれた肩。それに対して素直に肯くと、新開監督は満足そうに肯いてみせた。
 その後、チェックの結果、問題がないということで俺は一旦解放される。

 まっすぐに最上さんと古賀君のいる場所へと向かう後ろから、「ふふふふふっ」と笑う、二人の男の声が聞こえた。…いや、一つは「う~ふ~ぅふ~う……」か?…とりあえず、振り返らないほうが己のためだと思い、俺は視線の先で、仲良く話をする二人の下へと向かっていった。

「それにしても、古賀さんは本当に素直で素敵な男性ですよね。」

 凛と響く、彼女の可愛い声。だが、その声が発するものは信じられない言葉だった。彼女が男性を褒めている姿など、一度として見たことがなかった俺は、驚きで思わず足を止めてしまう。

「あはは、敦賀君より、俺のほうがイイ男?」
「そりゃあ、そうですよ。」

 そして続いた言葉と行動。彼を俺よりも『イイ男』だと肯定した上に、二人は内緒話をするように急接近する。

「あはは、本当に京子ちゃんには頭があがらないな。年下の女の子なのにしっかりしているし。一生ついていきたいかも。」

 少し距離を置いたのを、ほっとしながら見ていたら、今度は思わぬ古賀君の台詞。

「うふふ、光栄で…」
「楽しそうに話をしているね。俺も入っていい?」

 その思わぬ告白を歓迎しようとする彼女の言葉。…絶対に聞きたくないその言葉を言わすまいと、俺は彼らの会話に割り込んでいった。

「おはよう、敦賀君。」
「おはよう、古賀君。いつも早いね。」
「あはは、まぁね。この現場、本当に居心地いいからさ。気合入れすぎて早く来ちゃうんだよね。」

 屈託のない笑顔、というのはこういうものを言うのだろう。好感が持てるその笑顔を、俺は決して嫌いではない。彼の魅力の一つだと、素直に褒め称えることもできる。…ただし、『この子』が関わる以外なら、ね。

「?あれ?京子ちゃん、どうしたの?」
「……イエ、ナンデモゴザイマセン……。」
 
 沸々と湧き上がる、俺の負の波動を敏感に察知したんだろう。最上さんはカタカタと震え、カタコトの日本語を話し始めた。

「何でもないことないだろう?おかしいな…さっきまでなんともなかったよね?もしかして、熱でもあるんじゃ…」

 古賀君が心配そうに彼女の顔を覗き込む。額に手をあてるなどという古典的な熱の測り方を実行しようとしていることを察して、俺は無理やり彼と最上さんの間に身体をねじ込んだ。

「最上さん、ちょっと聞きたいんだけれど。」
「ハイ、ナンデゴザイマショウ、敦賀サマ。」

 そして、至近距離に近づいた最上さんと視線を合わせるために身体を屈ませる。彼女の顔色は、俺のアップに真っ赤になるどころか、真っ青になっていた。…非常に面白くない。

「古賀君に、今、何を渡していたの?」
「ハイ…。クッキーヲ、少々…。」
「最上さんの手作り?」
「ハイ…。昨晩、作ッタモノデアリマスガ……。」

 「ソレガ何カ…?」と、カタコトで尋ねる彼女。そんな彼女に、俺は手を差し出した。

「俺の分。もちろん、あるんだよね?」

 ないわけがないだろう、出してみろ、という強迫…。それを感じ取ったのだろう。彼女の瞳が、急速に潤み始めた。

「イエ…。敦賀サンノ分ハ、ゴザイマセンガ。」
「何で?」
「ナ、ナゼト問ワレマシテモ…。コッコレハ、古賀サンノタメニオ作リシタモノデアリマシテ…。」
「……ふ~~ん、そう…。」

 俺の視線を受けて、涙目になりながらカタカタ小刻みに震える少女。…どこまでも、俺を揺さぶり続けるその姿に、愛おしさを超えて憎しみが湧いてくる…。
…おかしいね、君のことを愛していると声を大にして叫べるくらいだけれど…それと同じくらい、君が憎くてたまらないよ…。

「古賀君のために、作ってきたんだ。…俺を差し置いて、古賀君のために、ねぇ。」
「……あ、あの……。」

 わざと『古賀君』を強調して言った。非難がましい響きは、よくよく彼女に理解されたようだ。焦る彼女をチラリとみて、俺は言葉を続ける。

「こう見えて俺、結構君のこと大事にしてきたつもりなんだけれどなぁ。」
「は、はい。敦賀さんには、本当に大変お世話になっています!!多大なるご迷惑をおかけいたしましたことも何度ございましたことでしょうか~~!!」
「そうだよね、俺ほど君を気にかけて、君のために動く男なんていないよね?」
「は?えっ、え、あ、あの??」
「そうだよね?」
「!!はっ、はい、その通りであります!!」

 彼女に無理やり言わせる言葉達。…だが、間違ってなんかいない。間違っているなどと、絶対に言わせはしない。

「それを踏まえて、俺に思うところは?」
「!!はい!!尊敬しています!!」

 最上さんの、即答。…それに関しても腹立たしいと思った。だが、その答えよりも怒りを感じたのは、そんな彼女の発言に対して、古賀君が何度も肯いているところだ…。

「…………。他には?」
「えっ、え~、え~っと、……信仰しています!!」

 強要してもう一言、答えさせた。それに対して返された言葉は…俺を『男』どころか『人間』という認識すらしていないかのような発言。

「…却下。」
「ほぇ?」
「そんな感情、俺はいらない。」
「ふぇ?えっ、えぇ??」
「…最上さん、いい加減にしてくれないかな?」

 …この映画の撮影が始まって以来、俺は自分の感情をコントロールすることができていない。それを充分に分かっていた。だからこそ、俺を避けようとする彼女を責めることもせずにただ見つめていたんだ。
 …でも…。ここまで育った想いは、もはや秘めておけるわけがない。

 君を、睨みつける。びくりと震え、怯える彼女が、ただひたすらに憎い。…それは、溢れだす俺の重すぎる君への想いゆえに。

「つ、敦賀君。君、どうしたんだ?京子ちゃん、別に悪いことは一言だって言っていないだろう?」
「古賀君は黙っていてくれ。これは俺と最上さんの問題なんだから。」

 そもそも、古賀君がいるから悪いんだ。彼が無駄に人懐っこくて、彼女に認められるほどに「いい男」なのが目ざわりで仕方がない。
俺が欲しかった笑顔を、彼女の隣を、まるで昔からそこにいるかのように簡単にとってしまえる男。…この子の幼馴染みに匹敵するぐらいには鬱陶しい。
ちらりと視線を古賀君に向ける。…俺の敵意が分かったのだろうか?彼は息を飲むと、俺から一歩、距離を置いた。

 …そうだ、彼女に近づく全ての者を、いっそこうして一つずつ、断っていってしまおうか…?

「最上さん、俺の言いたいこと、わかる?」

 こんなに俺を苛立たせる憎らしい君。…いい加減、俺の気持ちに気づくべきだ…。

「………せん…。」
「え?」
「分かりません!!」

 ほの暗い感情が、俺を支配し始めた時。…少女の大声が、その強い視線が、俺のそんな『負』の感情を木端微塵に粉砕する。

「どうしてそんなに私のこと、責めるんですか!?私のこと、そんなにお嫌いですか!?」

 彼女の魅力の一つである大きな瞳が、強い光を放ちながら…俺のほの暗い炎を燃やす瞳に真っ直ぐに向けられる。

「嫌いなら嫌いと言ってくださればいいじゃないですか!!なんで近づいてきたり、突然突き放したり、いきなり怒り出すのか分かりません!!」
「も、最上さん…」

 怒鳴る彼女を見るうちに…。俺自身の身勝手な発言の数々が、一気に反省の材料として身に降りかかってくる。

「それに、敦賀さんに私の交友関係に口出しする権利なんてありません!!私のことは放っておいてください!!」

 「行きましょう、古賀さん!!」と、最上さんは可愛らしい瞳にいっぱいの涙をためて、俺の脇から古賀君へと歩みより、彼の服の袖を掴んだ。

「待って、最上さん!!」

 冗談じゃない、と思った。彼とこれ以上二人っきりにさせるのも、変な誤解をされたままでいるのも、俺には耐えられない。
 
 俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。

「なんですか!!私が共演者と仲良くするのがそんなに気に障りますか!?敦賀さんにはご迷惑をおかけしていないでしょう!?もう関わらないでください!!」
「違うんだ!!話を聞いてくれ!!」
「嫌です!!」
「……!!」

 俺に心を開いてくれてから、初めて面と向かって言われた彼女からの拒絶の言葉。その言葉は、俺の心臓に突き刺さり、見事なまでに抉り抜いてくれる。
 …今、俺は情けない顔をしているだろう…。でも、もう『敦賀蓮』の仮面を被る余裕なんかどこにもない。 

「最上さん!!」
「もう嫌なんです!!好きになってほしいなんて身勝手なことを願って、努力して裏切られるのなんて、もう真っ平なんです!!これ以上、惨めな想いはしたくないんです!!…嫌いだってはっきりと…」
「嫌ってなんかいない!!」

 俺は大声で叫んでいた。…その叫び声は、『敦賀蓮』の声ではなかった。恋する少女に必死に縋りつく情けない男の声だ。…そこまで俺は追い詰められていた。

 …彼女の声は震えていた。震える声は、悲しそうな響きを伴っていた。このままいけば、そのまま俺の存在を消してしまいそうで…。
 自分で蒔いた種だということは分かっている。それでも、君にこれ以上、俺の存在を否定してほしくなかった。…他の男のところに、行く姿なんて見たくなかった…。

 「…嫌いになれるわけが、ないだろう?」

 こんなにも、好きなのに。君を誰にも渡したくなくて、君という存在の全てが欲しくて、心がつぶれてしまいそうなのに…。
 
俺の口から零れ出た言葉は、本当に情けない、掠れた小さな声だった。

 彼女の瞳を見つめる。…彼女は、潤んだ瞳で俺を見つめていた。物言いたげな瞳なのに、彼女の唇は小さく開閉を繰り返すだけで、言葉を発することはない。
 そんな彼女に、俺はそっと手を伸ばした。

「おい、そこのバカップル。」

 彼女に触れるその一瞬前に。聴覚に響いてきたのは何やら楽しそうな男の声。

「お前らに10分だけ休憩をやる。」

 ニヤニヤ笑いながらこちらに近づいてきたのは、新開監督だった。…面白いオモチャを見つけた子どものような笑顔を浮かべたその男の姿に、俺は内心舌打ちをした。

「ここじゃないところで、決着をつけてきたらどうだ?蓮。」
「…ご配慮、ありがとうございます。」

 完全に俺で遊ぶ顔をしている男に対し、一瞬だけだが殺意を覚えてしまった。…どうして俺の周りには、俺の想いをそっとしておいてくれる人がいないのだろう…。

 だが、監督がくれた10分。この10分は本当にありがたい。
 1秒だって無駄にできないので、俺はにこりと笑顔を浮かべると、最上さんを連れてロケ現場から距離を取った。

「…最上さん。」
「…………。」

 多分、混乱した状態のまま連れ出したためだろう。大人しく最上さんは俺のエスコートに従ってくれた。だが、ロケ現場が見えなくなったところで立ち止り、彼女に視線を向け、改めて声をかけた俺に対し、彼女は返事もしなければ視線をあわせてくれることもなかった。
 
「…ごめん。」
「…それは、何に対する謝罪ですか?」

 俺の謝罪の言葉。それに対し、どこか冷たい声が俺の耳に飛び込んでくる。思わず押し黙る俺に、彼女は一瞬だけ唇をかみしめ、その後、また口を開いた。

「私のこと、お嫌いならそれはそれで仕方がないことだと思っているんです。出会い方も最悪でしたし、私、敦賀さんには苛立たせる行為をするか、迷惑をかけることしかしていませんから。」
「!!そんなことない!!」
「ご無礼の数々、本当に申し訳なく思っています。…決着をつけましょう。もう、これ以上ご迷惑をおかけしないためにも。」

 彼女の声は、震えていた。やっと俺を見てくれたその瞳は、笑みの形に細まっていたけれど、零れ落ちる涙が彼女の悲しみを訴えている。

 ……あぁ、俺は本当に、君を泣かせてばかりだ……

「そうだね、つけよう。決着を。」

 君を泣かせてばかりいる男。そんな『悪い男』の俺。こんな俺が、「君が欲しい」と口にすることは許されないのかもしれない。でも……。

 ちらりと視線を向けた先の愛しい存在。…固く目を閉ざし、痛みを耐えるかのように唇を引き結び、俺からの言葉を待つ君。

 そんな君に、俺は手を伸ばした。そっと触れた少女の頬は、滑らかな肌で気持ちがよかった。

「ふぇ?」

 思わぬ俺の接触に、妙な声を出した少女。まだまだ純真無垢な可愛い人。驚きでぱちりと開かれた大きな瞳が俺を映した。

「…悪い男で、ごめんね。」

 一瞬苦笑してから、俺は彼女の額にそっと口付けた。「ちゅっ」とわざとらしい音をたてて、少しだけ彼女の肌から唇を離す。

「……!!」

 彼女の大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。そんな少女の変化を間近に見ながら、俺は彼女のこめかみに、涙が零れ落ちた瞼に唇を寄せていく。「ちゅっ」と音をたてて離れるたびに、彼女はビクリと全身を震わせる。その反応がとても可愛くて…染まる頬が、色っぽくて…

「……っ!!??」
「…好きだよ、最上さん。」

 最後に、左の頬に口付けて。真っ赤に染まるリンゴのような右頬を、ぺろりと舐めあげた。

「いっ、いや~~っ!!キャ~~ッ!!破廉恥っ!!」

 静寂が訪れたのは一瞬の出来事で。
 大きく空気を吸いこんだ後。大音量のスピーカーも驚くほど、空気を震わせる彼女の大声が響き渡る。舐めあげられた右頬を抑え、涙を流しながら声の限りに叫ぶ彼女。瞳は混乱のためか、激しく泳いでいる。 
 
「敦賀さんなんて嫌っ…んぐっ!!??」

 次の瞬間、吐かれる言葉を予測した俺は、慌てて彼女の唇を塞いだ。…俺自身の、唇で。
 彼女の口から俺を拒絶する言葉がでると、そう思った瞬間に、テンパッた俺がいた。…素でテンパッた俺は、やっぱり本能に忠実な男で…。

 触れた唇の柔らかさ。温かく、どこまでも甘い、全身が痺れるような感触…。初めて口付けを交わした時だって、こんなにも心が震えはしなかった。それから幾度も経験して、ドラマ撮影でだって何度もしていた。

 でも。

 相手が『最上キョーコ』であるというだけで、この行為自体が特別なものになるなんて、知らなかった。

 名残惜しいと思いながら、そっと唇を離す。

「…ごめん。でも、君が本当に好きなんだ。」

 触れるだけで止めることができた自分自身を褒めてやりながら、少女の表情を伺う。愛しい君は、真っ白な肌を紅潮させ、小刻みに震えていた。俺が触れた唇は、そのほんのりと赤く染まった両手で塞がれてしまう。

「最上さん、俺を見て?」

 俺の呼びかけに、それまで目を泳がせていた少女の瞳が、俺の瞳に固定される。…彼女の瞳の中の俺は、実に幸せそうな顔をしていた。

「今度、恋をするなら俺にして。俺以外をその瞳に映さないで。」

 俺の懇願は、彼女の耳にどう聞こえているのだろう?…逃げない君にいい気になった俺は、とうとう最後の欲望を口にする。

「そして…どうか、君に触れさせて。」

 彼女の唇は麻薬なのだろうか?痺れるほどの快感は、一度知ってしまったらなかったことにはできない。忘れられないその感触を、再び得るべく…俺は、彼女の両手を彼女の唇からそっと外す。

 俺の視線に魅入られたかのように動かない君。逃げることもなく、拒否の言葉を口にすることもなく、ただ大きな瞳をこちらに向けている。彼女の身体を大木の幹に押し付け、俺は彼女の頬に両手を添える。

 再び近づく、唇。

 静寂の中、俺自身の鼓動の音だけが耳に鳴り響いていた。

 そして。

 そっと閉じられた彼女の大きな瞳。それを図々しくも『可』の合図として、俺は再び彼女の唇に、触れた。

 ニ度目のキスは、彼女の『ファースト・キス』。俺が無垢な少女に植え付けた『役者の心の法則』。その大事な『ファースト・キス』を俺にくれた、君。その喜びに、身体が震えてしまう。唇をふれ合わせるだけでこんなに泣きたくなるなんて思わなかった。

 まるで神聖な儀式のように。そっと触れ合わせた唇。…震える彼女の唇が愛おしくて、本当に気持ちよくて。先ほどよりも長く長く、キスをした。

「…んっ」
「……!!」

 ……舞い上がる俺の心は、その彼女の甘く漏れ出る息に、かなり敏感に反応をしてしまった。そっと唇を離すと、彼女は…行為で潤んだその艶っぽい瞳を、上目づかいで俺の視線に絡ませてくる。

 俺は大きく息を吐きだした。…うん、我慢も限界だ。

「つるが、さん…?」
「…悪い男で、本当にごめんね?」
「ふぇ?」

 俺は素早く時計を確認した。…5分ある。これだけあれば充分だ。
 俺がこれから行うこと。何が何だか分かっていない、純真無垢な瞳を向けられるのは、今はちょっと心苦しい。 

 …でも。

「でもね、君だって充分『悪い女』なんだよ?」

 君がいけないんだ。君が俺を煽るから。君自身の甘い香りで俺を誘うから。君が俺を魅了して離さないから。…こんなに俺に愛される、君が悪い。

 そして三度交わされた口付けは。

 一度目の『テンパッた』口封じの口付けとは違い。ニ度目の『幸せな神聖な儀式』のような口付けとも違い。本能に忠実な深い深い口付けとなった。

 『紳士の敦賀蓮』をかなぐり捨てた、荒々しい口付けになってしまったその行為。彼女が息を吐くことさえ許さず、彼女を逃がさないように右手で頭を掻き抱き、左手を彼女の細腰に絡ませたそのキスは、大木と俺の間に挟まる少女を隙間なく俺自身で覆ってしまうものだった。

 最初は驚きで逃げようとした彼女のその小さな抵抗さえ全て力でねじ伏せて、苦しいと口の中で叫んでいるだろう彼女を完全に無視し続けて夢中で貪ったその唇。どこまでも俺を魅了する、『君』という存在。その感覚を、その感触を、その香りを…。その全てを奪いつくしたくて、無我夢中になった。




 10年前。魔法が使える小さなお姫様だった君は、俺に可愛い魔法をかけた。その時の可愛らしい魔法は純真な子どもの心に淡く疼く『想い』の欠片を残しただけだったけれど。…10年後、再び俺に魔法をかけた君は、今度こそ『恋』の魔法を完全に俺にかけてしまった。それは、10年の年月の間に『男』に成長した俺には刺激が強すぎて。


 だから……

 「…もう、逃がしてあげないから。覚悟、してね?」

 激しいキスで気絶してしまった君を抱き上げ、ロケ現場へと戻った俺は、君に宣言と忠告をする。俺はもう、君なしで生きていけはしないんだ。だからこそ、全力で君を追いかけて、俺だけのものにする。


 秘められなくなった想いは、満ちて溢れて留まる事を知らない。もはや俺にも止めることなんてできはしない。

 逃げられるものなら逃げてごらん?俺の『本気』はこんなものじゃないからね?






「あはは、敦賀君より、俺のほうがイイ男?」
「そりゃあ、そうですよ。」

なんて、なんて恐ろしい会話なのーーーっ!!と読んでいるこちらの方が恐れおののいて、絶叫してしまいそうなやりとり。それをしっかりと聞いていた、大魔王様の心の内はいかに……?

「秘められない想い」蓮バージョンを、ななち様が送ってくださいましたーー!

嫉妬して怒り、脅しては苛立って、その結果焦り、傷つき、反省し……と、めまぐるしく変わる、蓮の心模様が楽しくて仕方ありません♪

そして今回、キョーコちゃんに「破廉恥」と言わしめた、彼の行動も明らかになりました。彼女の可愛い反応に好き勝手に行為を進めている蓮くんですが、まだ返事はもらってないんですよね~?

キョーコちゃんの「秘められない想い」、両手をちょこんと差し出してお待ちしておりますね、ななち様v
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