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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報 1


 都内某日、夕刻。LME事務所の地下駐車場で、人気俳優、敦賀蓮の専属マネージャー、社倖一は、社長専用車から降りてきた、自らの担当俳優に軽く手を振った。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
 社は、穏やかに返事を返す男の周りをキョロキョロと見回し、彼と一緒に行動しているだろうと思っていた少女の姿が見えないことに、首を傾げた。
「あれ、キョーコちゃんは?一緒じゃないのか?」
「彼女はドラマの撮影です」
「そっかあ。一緒に行けるかと思ったのに、残念だな」
 地上に向かいながら社が言えば、蓮は肩をすくめた。
「どうせ現地で会えますよ」
「いや、そりゃ、お前は現地どころか会う機会なんてたんまりあるだろうけど、俺はキョーコちゃんの顔しばらく見てないよ?毎晩話すのも電話ごしだし」
 ぴくりと蓮の身体が揺れるのを、社は見逃さなかった。内心ほくそ笑む。
 話題になっているのは、蓮が目下のところ想いを寄せている、最上キョーコという少女のことだ。自分のマネージャーとはいえ、キョーコが毎晩電話しているとなれば、聞き捨てならないだろう。
「毎晩って……何か仕事で連絡でもあったんですか」
 案の定食いついてきた蓮に、社はにんまり笑った。
「キョーコちゃん、あっちのお前にスケジュール聞くわけにいかないからって、毎晩俺に確認の電話してきてくれてるんだ」
 いい娘だよなあ、と言えば、蓮は無言で顔を逸らした。分かりにくいが、きっと照れているのだろう。どう見ても恋愛百戦錬磨といった、いい男のくせに、社の担当俳優は、実のところ、極度の恋愛音痴なのだ。キョーコを好きになったのが、おそらく初恋なのだと思う。
 LMEを出たところで、拾ったタクシーに二人で乗り込む。社は腕時計を確認して、満足げに息を吐いた。予定どおりの時間だ。このあとは、蓮とキョーコが共演したドラマ、ダークムーンの打ち上げである。
 ふと、社は懸案事項を思い出して、横の男に目をやった。
「でも、お前、気をつけろよ」
 唐突に言い出した社に、蓮は訝しげな視線を寄越してくる。
「気をつけろって、何にです?」
「そりゃ勿論、あの娘に悪い虫がつかないようにだよ」
 言わずもがな、という調子で社が言うと、蓮は笑った。
「ああ……。彼女なら、大抵の虫は視界にも入りませんよ」
「でもな、こないだ、ナツの格好を見たスタッフの間で、随分話題になってたみたいだし」
 それは事実だ。ダークムーンのロケに、キョーコは、新ドラマで出演する、カリスマ女子高生役の格好で姿を現した。いつもの2倍増しに大人っぽいと評していたのは、そのとき居合わせたスタッフで、社もそれには全くもって同感だ。
 嬉しくない予感がしたのだろう、蓮は眉を寄せて、続きを促した。
「なにがです」
「京子は純朴だけど、実は美人だし、落とすなら売れはじめの今がチャンスかも、なんて……おい蓮、顔」
 社の隣に座る男の顔は、一瞬で激変した。穏やかで男前な敦賀蓮から、殺人犯もかくや、という凶悪顔へ。
 社は縮み上がりつつ、どうにか注意を促した。俳優『敦賀蓮』のイメージを破壊されては困る。
「……よく分かりました。気をつけておきます」
 担当俳優の顔は、すぐにいつも通りの表情に戻った。だが、社としては、猛獣の隣に座っている心地で落ち着かない。変な動悸がする。横に座っているこの男は、いつ牙を剥くかわからない、ひどく凶暴な猛獣であることを、改めて認識してしまった。社は冷や汗を浮かべながら、なだめるように言った。
「まあ、お前の超人的能力で、貴島にあのキョーコちゃんを見せずに済んだのは幸いだったな。見てたら口説く可能性が高いし」
「彼は欲求に忠実ですからね」
「お前とは対照的だよな」
 社が首を振って言えば、蓮は曖昧に笑って、それ以上の追求を避けるかのように、窓の外を向いた。
 社も、ため息をついて、窓の外を流れていく景色を眺める。
 実際、この男がその気になれば、愛を拒絶するラブミー部所属とはいえ、キョーコを落とすくらいは造作もないのではないかと思う。なのに、蓮ときたら、何を考えているのか、ぐずぐずと全く行動を起こさない上、たまに積極的に動いたと思ったら、相手の鉄壁の恋愛拒絶思考の前にあっさり撤退する。傍で見ていて、じれったいことこの上ない。
 タクシーは渋滞に引っかかることもなく、目当ての場所に着いた。 店はこじゃれた創作料理屋だ。
 中に入って見回せば、一番に挨拶するべき相手、このドラマの監督である緒方はすぐに見つかった。にこやかに、主演女優の百瀬、共演俳優の貴島らと談笑している。だが、その場にいる、自分には見慣れない若い女性の姿に、社の目は釘付けになった。
(ちょっ、キョーコちゃん、どうして、『ナツ』姿なの――!?)
 女好きの貴島にその姿を見られなくて良かった、と蓮と話していたのはついさっきのことだというのに。そこにいるのは、紛れもなく、今度の新ドラマ、カリスマ女子高生役『ナツ』の格好をした、蓮の想い人だった。
 心なしか、後ろの蓮の気配が怖い。それでも社は、恐る恐る振り返り、そこに、当社比五割増、輝ける紳士の微笑みを讃えた担当俳優を見つけて、灰になった。
「どうしたんです、社さん?」
 無駄に爽やかに聞いてくるのがわざとらしい。
「い、いや……」
「緒方監督はあそこですね、挨拶に行きましょう」
 そう言ってさっさと歩き出す蓮に、社はすごすごとついて歩いた。

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