忍者ブログ

唐紅 -宝物-

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

台風娘注意報 2


「お疲れさまです、緒方監督」
 蓮がにこやかに挨拶をすると、緒方もまた微笑んで挨拶を返した。
「やあ、敦賀くんもお疲れさまです」
「百瀬さん、貴島さん、最上さんも、お疲れさま」
「お疲れさまです、敦賀さん」
「お疲れさま、敦賀くん」
「お、お疲れさまです、敦賀さん」
 声をかけられた三人も、蓮とめいめい会釈しあう。
 和やかな挨拶が取り交わされる中、キョーコの表情だけが冴えず、答えもどこかぎこちない。それを見て、社は眉尻をさげた。
(さすがキョーコちゃん、分かってるんだね……!)
 社すら見逃すこともある蓮が不機嫌なときのポーカーフェイスを、この少女は簡単に見破る。今回も例外ではないようだ。原因の半分は社にあるだけに、キョーコにしわ寄せが行ってしまいそうなこの状況が、申し訳ない。
 蓮は、穏やかな紳士の皮を完璧に被って、緒方に話しかけた。
「随分楽しそうに話されてましたね」
「ええ、京子さんが、すごい変身ぶりですねって、驚いてたんですよ」
 緒方が目を輝かせて答えるのに、百瀬と貴島がうんうん頷く。
「美人二倍増しとか大人っぽいって聞いてたけど、びっくりしたよ」
 肩を竦める貴島に、百瀬は大袈裟に同意した。
「本当。最初誰だか分からなかったわ!」
「僕もです」
 頷く緒方に、貴島は唸るように言った。
「最終回のロケのときは見逃したからなあ。あの時見ていれば」
 見ていれば何だったというのか、悔しそうにする貴島に、ぴくりと横に立つ蓮の気配が揺らぎ、それを見上げるキョーコの顔がひきつった。社は、慌ててキョーコに水を向ける。
「俺もびっくりしたよ、キョーコちゃん。一体どうしてその格好してるの?」
 キョーコはびくりと社の顔に視線を移し、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「いえ、私も最初いつもの格好で来ようと思っていたんですが、天宮さん――新しいドラマで共演させて頂いてる女優さんが、役によってはこんな雰囲気も出せるってアピールできる格好の機会なんだから、利用しない手はないわよって言って下さって――その通りかな、と思いまして。でも、こんなのでアピールになりましたか?」
 おずおずとキョーコが話す内容に、社は感心した。確かにその通りだ。ドラマ撮影の打ち上げだから、この場にはテレビ局の制作サイドのみならず、スポンサーサイドの人間もやってきている。アピールには絶好の場だ。ましてや、キョーコの『ナツ』なら、インパクトは十分である。実際に、物珍しそうな顔で、キョーコの方を窺うスーツ姿の男性がちらほらといるようだ。
「そうだね。すごくなってると思うよ」
 答えようとした先を持っていった穏やかな声に、社は意外な気持ちで隣に立つ男を見上げた。いつの間にやら、蓮の顔に浮かんだ表情は、嘘臭い微笑から、本当の笑顔に変わっている。
(蓮……お前、貴島には『ナツ』姿のキョーコちゃんを見せたくなかった癖に……)
 それでも、それが、キョーコのこれからにプラスに働くことの方が嬉しいのだろう。何とも蓮らしい反応に、社の口は緩んだ。
「そ、そうですか?嬉しいです」
 キョーコも蓮から怒りの気配が消えたことを感じ取ったようで、少しだけ赤面しつつ、嬉しそうににこりと笑う。『ナツ』姿のそれは、社の目から見ても十分に可愛く、破壊力は抜群だ。
「見とれるなよ。他人の目があるからな」
 危険なものを感じた社が、そっと囁くと、担当俳優の肩は、わずかに震えた。社の心配は、どうやら正しかったらしい。
 ふいに、緒方が腕時計を見て、蓮と百瀬に顔を向けた。
「じゃあ、そろそろ開始の挨拶をしましょうか。敦賀くん、百瀬さん、いいですか」
 打ち上げ開始時には、監督と主演二人が挨拶することになっている。頷いて離れていく蓮が、ちらりと寄越した目配せの意味を、社は正確に読み取った。
(キョーコちゃんの虫除けはまかせておけ!)
 笑顔で頷くと、微かな会釈が返る。初々しい担当俳優の初恋成就に向けて、社は俄然張り切るのだった。

PR

Copyright © 唐紅 -宝物- : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]