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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報 3


 トイレから出て、社は満足げに息を吐いた。
 既に宴もたけなわになって、打ち上げは無数のグループに分かれ、めいめいが会話に興じている。キョーコは百瀬を初めとする若手女優のグループで楽しそうに話しており、近寄ろうとする男の気配も無い。これならそうそう問題も起こるまいと、社はトイレに席を立ったところだった。
 ここまでの社の仕事ぶりは完璧だ。あとからあとから寄ってくる男どもにブリザードをあびせ、電話番号やメールアドレスを聞いてくる男がいれば、キョーコに教えないように忠告し、それでも立ち去らない相手には、キョーコの意識を他の相手に誘導し、波風が立たないようにこちらから立ち去った。振り返れば、キョーコに寄ってくる害虫は完全に防いだ、と思う。
(俺は頑張ったぞ、蓮!)
 寄ってきた害虫の数は、決して少なくはない。それを撃退したことで、担当俳優が喜ぶことを思うと、達成感が社の胸を満たす。
 さて戻るかと、元の席に足を踏み出しかけて、行く手の座敷席に座る百瀬と目が合った。途端に、彼女が焦った顔で腰を浮かせるのに、社は眉をひそめた。百瀬の隣、キョーコが座っているはずの席に視線を移せば、キョーコは社が席を外す前と同じ様子で座っている。社は安堵して身体の力を抜いた。そう、席を外したのはほんの数分のこと、大した問題は起こるわけがない。
 だが、そこに近づくにつれて、社は、キョーコの様子がおかしいことに気が付いた。席を立つ前、彼女は、満面の笑顔を浮かべて、興奮した様子で百瀬らと話していたというのに、今は、百瀬の肩にだらりと寄りかかり、幸せそうに頬を寄せて、何も言わない。人に寄りかかるなんて、いつも礼儀正しいキョーコらしからぬ振る舞いだ。百瀬を初めとする、同席している女優達も、話を中断して、気遣わしげにキョーコを見ている。
「すみません、キョーコちゃん、間違えて誰かのウーロンハイを飲んでしまったみたいで……」
 目で問いかける社に、恐縮しながら百瀬は言った。社は慌ててキョーコに駆け寄る。
「え、キョーコちゃん、大丈夫!?」
「ふふふ……勿論です……」
 幸せそうに答える表情の、キョーコの目はとろりとして、どこか焦点が合っていない。これはまずい、と社は眉根を寄せた。
「と、とりあえず誰か蓮を呼んできてもらえる?」
 キョーコはまだ未成年だから、写真でも取られてしまえば、立派なスキャンダルのできあがりだ。キョーコにマネージャーがついていない以上、同じ事務所所属の社が傍を離れる訳にはいかない。
 その場を見回して申し訳なさそうに聞けば、百瀬が頷いた。
「私、こっそりお知らせしてきます。キョーコちゃんお願いしていいですか?」
 社は感謝の表情を浮かべ、百瀬を拝んだ。 実のところ、主演女優の百瀬が、蓮を呼びにいってくれるのが、一番角が立たない。
「勿論だよ。ごめんね、百瀬さん。頼むよ」
 くてりと寄りかかるキョーコを倒さないよう、立ち上がる百瀬と入れ替わってキョーコの隣に座ると、よく分かっていないようで、キョーコは社の肩に寄りかかり気味になる。柔らかい身体の重みを受けて、社は慌てた。
「キョーコちゃん、しっかりして?ちゃんと座って」
 社が言うのに、キョーコはゆったりと笑う。
「もちろんです。私は大丈夫です」
 大丈夫そうにはこれっぽっちも見えないが、それは言ったところで無駄である。
「とにかくお茶のんで……」
 社が自分のウーロン茶を持たせると、キョーコは素直にこくりと飲んだ。
「ふふ、みなさん心配性ですね……」
 物憂く笑う『ナツ』姿のキョーコは、社が今まで見た中で、格段に色っぽい。
「お、キレイどころがいっぱいだね、ここは」
 そこで、貴島が図ったようなタイミングで現れたから、社は一層頭を抱えた。
(早く来てくれ、蓮~~!)
 視界の隅では、百瀬が蓮に耳打ちしている。
 ぐったりとしたキョーコを眺め、貴島は首を傾げた。
「あれ、京子は具合でも悪いの?」
「まあ、ちょっと……」
「始まる前は、元気そうだったのになあ。ねね、ところで京子さ、携帯番号教えてよ」
 言いながら、貴島は、京子を挟んだ社の反対側、さっきまで社が座っていた位置に座る。
 顔を上げた蓮が、こちらを見た。話していた集団に軽く会釈をして、急ぎ足で向かってくるのに、社は胸をなで下ろす。どうやら間に合いそうだ。
「え~と」
 キョーコは、頭が働いていないようで、貴島の言葉に、困ったように首を傾げた。
「キョーコちゃんの携帯は事務所のだし、今日訊かれた人にはみんな断ってるから、貴島くんだけ特別扱いすると、その人たちに失礼になるよ」
「あ、そうなんですよ、ごめんなさい」
 社が横から助け船を出せば、キョーコはそのままぺこりとお辞儀する。
「え~?堅いこと言わずにさぁ」
「貴島さん、無理強いはよくありませんよ。最上さん、話は聞いたよ。大丈夫?」
 貴島が食い下がろうとしたところで、爽やかな微笑みを浮かべた社の担当俳優が、ようやっと到着した。社が目顔で謝れば、蓮は苦笑を浮かべて小さく頷く。
「ふふ~、勿論ですよ~」
 キョーコが相も変わらず定まらない視線と、艶っぽい微笑みで答えるのに、蓮の眉が微かに寄った。
「とにかく、後もう少しで終わりだし、そうしたら俺と社さんで最上さんを事務所まで送っていくよ。事務所の後輩が迷惑かけて大変だったろう、ごめんね?」
 後半の言葉は、キョーコ以外の人間に向けられた言葉だ。そうして蓮がその場に笑顔を振りまけば、女性陣は、一名を除き、全員が顔を赤くした。だが、残る一名、蓮と社にとって、ある意味最重要人物である最上キョーコは、蓮を見上げて真っ青になったあと、ぶわりと涙を浮かべた。
「きょ、キョーコちゃん!?」


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