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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報 4


「わ、私のしでかした不始末で敦賀さんに代わりに謝らせてしまうなんて~~」
 泣きながら、キョーコはテーブルから離れて正座しようとするので、社にも次の行動の予測がついた。
「ま、待ってキョーコちゃん、謝らなくていいから!」
 社はキョーコの肩を掴んで必死に止めた。こんなところで土下座なんてしたら、キョーコの評判にも蓮の評判にもよろしくない。
「ええ、お詫びしても、きっと、『きみみたいな不出来な後輩は、もう顔も見たくないから金輪際話しかけないでくれないか』とか笑顔でトドメさされるんですよね、分かってます。それでもお詫びさせてください……」
 ぐしぐし泣きながら言うキョーコの言葉に、社は耳を疑った。社のみならず、その場にいた全員の心情も同じであったろう。芸能界きっての紳士、敦賀蓮が口にするには、あまりにも似つかわしくないセリフだ。社は動揺しながらも、どうにか担当俳優のフォローに回った。
「い、いや、蓮はそんなこと言わないよ?」
「いいえ!敦賀さんは、私のこと生理的に受け付けないんです!もの凄く嫌われてたのが、最近やっと嫌われてないのかも、って思えるようになったのに!こんなことで謝らせて、今度は前以上に嫌われるに決まってます!間違いありません!!もう駄目です~」
 そして、うわーん、と声を上げて泣きだすキョーコを、社は呆然と見つめた。こんなキョーコは、今までに見たことがない。
(泣き上戸……?)
 困り切って周囲を見回せば、蓮を含んだ他の面々も、呆気にとられてキョーコを見守っている。
「へえ。敦賀くんが京子を嫌いだって初めて聞くなあ。てっきり仲が良いんだと思ってたけど」
 困惑した空気をうち破ったのは、キョーコの向こうに座った貴島の呑気な声だった。
「敦賀さんに、訊いていただければ、わかります……」
 嗚咽混じりのキョーコの言葉で、その場の視線を一気に集めることになった社の担当俳優は、珍しく焦った顔になる。
「いや、俺は」
 だが、酔っ払い娘は、蓮の答えを待ってくれるほど親切ではなかった。
「敦賀さん、私に気を遣ってくださらなくていいんです。私、知ってますから」
 再び場の注意がキョーコに集中する中、少女は、悲壮な表情を浮かべて言った。
「私がラブミー部の仕事で大きな荷物を運んでたら、アナタはそれを強引に奪い取った挙げ句、怒られた私に、『自業自得。自分が受けた仕事は自分で責任もってやらないからだよ』って仰ってくださったじゃないですか、それはもう綺麗な笑顔で。私、あのときの敦賀さんのセリフ、もう絶対忘れません」
 それを聞いていた人間の目は、残らず点になった。思わず一斉に蓮の表情を窺う。芸能界一イイ男は、二の句が継げない様子で固まっているから、本当のことなのだと誰もが分かった。
 もちろん、社も例外ではない。覆水盆に還らずという表現がまさにぴったりの、蓮のかつての振る舞いに、言葉もない。
 さらに、キョーコは切ないような笑顔を浮かべて、蓮に流し目を送る。蓮がますます固まるのを、社は冷や汗を流しながら見守った。
「そのときの気持ちそのまま、仰ってくださっていいんです」
 少女は一旦言葉を切って、力強く先を続けた。そういえば、彼女はいつの間にか泣きやんでいる。
「『自業自得。飲み物間違えるなんてミスするからだよ。俺はきみが大嫌いだ』って。さあ!」
 目を輝かせて生き生きと言うキョーコの姿に、社は雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
(これは泣き上戸じゃなくて、絡み上戸だ!)
 蓮は完全に固まっている。社はかけるべき言葉に迷った。相手は酔っ払いだし、本気で対応するのも大人げない。かといって、蓮の忍耐力は果たしてどこまで保つだろうか。普段は恐ろしく寛容な男ではあるが、それはキョーコが関わらない場合限定なのだ。
「敦賀くんがねえ。女性相手にそんな意地悪もするんだ。意外だな」
 社がフォローに迷っている間に、またしても貴島が呑気な感想を述べる。
「ですよね。他にも色々ありました。それで、私敦賀さんに嫌われてるんだな~と、うううぅぅ」
 言いながら、キョーコは再び泣き出した。
「よしよし、辛かったんだね」
 貴島が慣れた手つきでハンカチを取り出し、キョーコの涙を拭って、頭を撫でる。
 途端に、蓮の周りの空気が変わったのを肌で感じて、社は恐る恐る、担当俳優の顔を見上げた。
 そこには、わざとらしいほどに、爽やかで輝いている紳士笑顔がある。人目のある場所で「闇の国の蓮さん」が降臨しなかったことに、社はホッとしつつ、慌てて言った。
「お、おい、キョーコちゃん酔っ払ってるんだよ、怒るなよ」
「ああ、やっぱり酔ってるのか」
 社の言葉を耳ざとく聞きつけたのは貴島だ。社は顔をしかめ、貴島の方を見て頷く。
「ええ、誰かのウーロンハイを間違えて飲んでしまったみたいで」
「そりゃ大変だ。随分できあがってるみたいだし、うるさいのに聞きつけられないうちに、連れて行った方がいいんじゃないか」
「そうですね。そうします」
 いきなり至近距離で聞こえた声に、社はぎょっと身体を引いた。
(お前、いつの間に!)
 蓮が、気配もなく、座敷に上がって社のすぐ傍にやってきていた。顔には輝ける紳士の笑顔を貼り付けたままだ。
「失礼するよ」
 キョーコの傍にかがむと、一言言って、彼女の頭を撫でていた貴島の手を外す。貴島が肩を竦めて場所を譲るのに、蓮は会釈してそこに座った。そうして、優しくキョーコに声をかける。
「最上さん?俺はきみのこと嫌ってないから。誤解させてゴメンね?」
 少女はしゃくりあげながら蓮を見上げ、紳士笑顔に十秒ほど固まったあと、がくりとうなだれて首を振った。
「……嘘です。うぇーん」
「?」
「うっく、敦賀さんのその笑顔は、内心でどす黒いことを考えているときの笑顔です!うわ~ん」
 キョーコが泣きながら言った言葉で、ぴしり、と蓮の笑顔にひびが入る音が、社の耳には聞こえた気がした。
(わぁ、こんなところでそんな核心を突いたことを言わないでくれ~!!)
 社の内心の絶叫が、酔っ払い娘に届くわけもなかった。


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