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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報 5


「……どす黒いだなんて、ひどいな。すごく失礼だよね。俺はそんなこと考えてないから、言葉そのままの意味で受け取ってほしいな」
 数秒の間を置いて、蓮は変わらない微笑みのまま答えた。よし、持ちこたえた、と社が胸をなで下ろす間もあらばこそ、キョーコは、瞳にいっぱいの涙を浮かべながら、恐れおののいた顔で蓮を見上げる。
「つまり、すごい失礼を働いた私にこの後、死刑宣告をなさるおつもりなんですね!?」
 蓮の目元がぴくりと動いた。
「……どうしてそうなるの?」
「私に『自業自得』って仰ったときも、代マネで減点スタンプ押してくださったときも、瑠璃子ちゃんの件で減点スタンプ押してくださったときも、全部同じ、その笑顔をなさってらっしゃったじゃないですか!」
「……」
 黙り込んだ蓮の沈黙が、何よりも雄弁にキョーコの主張が正しいことを物語っている。社は祈るような気持ちで、担当俳優の表情の遷移を見守った。頼むから、こんなところで闇の国の蓮さんには出てこないでほしい。
「うう、敦賀さんに謝らせるなんて不始末をしでかしまして、申し訳ありません。その上失礼なことまで申し上げまして……。もう、お傍に寄ったり、気軽に話しかけたり致しませんので!それどころか同じ空気を吸ってることすらおこがましいですね……。うっかり大先輩の視界に入ったりしないよう、不肖最上キョーコ、今後全力で努力致しますから、どうぞ気兼ねなく、『きみが大嫌いだ』って、心のままに仰ってください。覚悟はできてます!バッサリ私を切って捨ててください!さあ!」
 後半は妙に力をこめて蓮に迫るキョーコの姿に、社は青ざめた。どんどん蓮のライフが減っていっている気がする。キョーコがその言葉どおりの行動をとったりしたら、担当俳優が受けるダメージは計り知れない。
「……」
「敦賀さん、言いたいことを我慢されてると、身体によくありませんよ」
 黙り込んだ蓮に、キョーコはいかにも心配そうに追い打ちをかける。
「キョーコちゃん、あの」
 蓮をフォローしようと社が口を開きかけたとき、一段と低い蓮の声がその場に響いた。
「……そうだね、確かによくないね。分かった、言うよ」
「れ、蓮!?」
 一体何を言うつもりかと、社が恐怖をこめて見守る中、担当俳優は、似非紳士の微笑を顔に貼り付けたまま、何でもないことのように言った。
「最上さん、俺は、きみのことが大好きだよ」
「は?」
 キョーコは、何を言われたか分からない、というように、くてりと首を傾げ、怪訝な顔で蓮の顔を見上げる。
 社は悲鳴を上げた。
「おおおおおおい、蓮!?」
(何を考えてるんだ、こんなところで!)
 周囲を見れば、テーブルにいる人間は固唾を飲んで二人のことを見守っている。社の背中を冷や汗が伝った。
 そんな社の狼狽をよそに、担当俳優は変わらぬ微笑みのまま、もう一度繰り返した。
「だから、俺はきみのことが大好きだよ」
 酔っ払い娘は、数秒瞬きして考えた後、真っ青になった。
「つ、敦賀さん……今度はどんなイジメなんですか、その笑顔でそんなことを言うなんて!怖いです!はっきり大嫌いって言われた方が百倍マシです~!!」
 ぶわりと泣き出したキョーコに、社は脱力した。
(大嫌いって言われた方が百倍マシって……)
 キョーコの思考回路は相変わらず謎だ。たぶん蓮に面と向かって大好きと言われて、こんな反応を返す少女は他にいない。だが、好きな娘に面と向かってそう言われた蓮のライフはさらに減ったに違いない。
 果たして、社の担当俳優は、ますます微笑みを深くした。
「そんなに期待されたら、応えなきゃいけないって気になるね。どうしようかな」
「何を今思いついたみたいに仰ってるんですか!?最初からそのつもりだったくせに~!!」
 怯えきった様子でガタガタ震えるキョーコを見下ろして、蓮はぷっと吹き出した。そのまま声を上げて笑う。
「ほんとに君は面白いね。……スッキリできたよ、ありがとう」
 蓮が告げると、キョーコは呆然としたあと、顔を真っ赤にした。
「私をからかって、ストレス解消のサンドバッグにしたんですね!?」
「自分でもやりすぎたと後悔している過去の行いを、こんなところで暴露されて、ちょっと恥ずかしかったからね。これくらいの仕返しは当然だろう?」
 蓮が肩を竦めて言ったので、場の緊張が解けた。蓮の告白もどきは、どうやら酔っ払いへのただのお仕置きとして変換されてくれたらしい。社は胸をなで下ろす。
 キョーコは、真っ赤になって蓮に噛み付いている。
「敦賀さんはやっぱり意地悪です!いじめっ子です!!」
「はいはい。でもね、最上さん。俺はきみの相談に何度も乗っているし、今の関係は良好だよね?俺はきみのこと嫌ってなんかいないし。……だから、昔、俺がしたことは、もう忘れてもらえないかな」
 蓮は、笑いをおさめると、一転して憂いに満ちた真摯な表情を浮かべ、キョーコに切々と訴えかけた。切り替えの早さは、さすが俳優だ。周囲の女性陣がほんのり顔を赤らめているのを眺め、社は感心した。
 だが、至近距離で囁かれた当の少女はといえば、一瞬眉をひそめただけで、蓮の申し出を一刀で斬って捨てた。
「それはいじめっ子の理屈ですね」
「え」
 意外な反応だったのだろう、蓮が間抜けな声を上げるのに、キョーコは蓮をまっすぐに見上げて言った。
「それはいじめっ子の理屈です!いいですか、いじめられた方からすればですね、自分にされた仕打ちは一生、忘れられないものなんです。たとえ後から良好な関係になったとしてもですね、されたことは一生忘れません、覚えてます」
「……」
 力の入った言葉に、蓮は黙り込む。
「私は執念深いんです。ご存じの通り、記憶力にも根性にも自信があります。だからされたことは、絶対忘れま」
「キョーコちゃん、お茶のんで!お願い!!」
 キョーコが蓮のライフをがりがり削っていくのを正視するのが耐えきれず、社は傍のコップをひっつかんで、キョーコに強引に持たせた。少女は素直に言葉を中断して、それをすする。
 何とか、キョーコがこれ以上蓮にダメージを与えるのは阻止できたようだ。ふう、と息をついて、場の女性陣が固まっているのに、社は気がつく。どうしたのかと見回すと、百瀬が意を決したように言った。
「あの、社さん。……たぶんそれ、ウーロンハイ……」
「えぇぇぇぇ!?」
 社は慌ててキョーコのコップを奪い取るが、コップ半分くらいまであったはずの、残りはほとんどない。
(どうしてこんな紛らわしい位置に置いたままにしてるんだ!!)
 内心で絶叫するも、もはや後の祭りである。
「キョーコちゃん!?」
「は~い、なんれすか~?」
 ろれつの回らない口調でにっこりと笑うキョーコに、社は目の前が暗くなった。
「ふふ、そのウーロン茶、おいしいれすね~」
「い、いや、これお酒だから!」
 社が言えば、キョーコはうーん、と可愛らしく唸ったあと、首を傾げた。
「お酒って、私、飲んじゃいけないんじゃなかったれしたっけ?」
「う、うん、もちろんだよ」
「じゃあ、私飲んじゃいましたから、それはお酒じゃないれす♪」
 それは一体どういう論理なの!?とつっこみたくなる論理を持ち出して、キョーコはにこりと笑った。
「い、いや、キョーコちゃんが飲んでも飲まなくてもこれはお酒だし」
「ふふ~、や・し・ろ・さ・ん。私、そういえば、社さんにお話があったんれした」
 キョーコは社に色っぽく笑いかけ、ついでに可愛らしく首を傾げる。
「え?れ、蓮のスケジュールのこととか?」
 だらだらと冷や汗を流しつつ、酔っ払い特有の唐突な話題の転換に、社はどもりながら訊き返した。そんなに自分に対して、無駄に可愛らしく振る舞わないでほしい。怖くて、キョーコの向こうにいる担当俳優の顔が見られない。
「いいえ!私、社さんのこと大好きなんれす!!」
 そして、酔っ払い娘は、満面の笑顔で、超特大の爆弾を投下した。


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