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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報 6


「え……」
 社が固まる中、キョーコは、満面の笑顔で続けた。
「私にいつも親切にしてくらさって。敦賀さんに嫌われてるこんな雑巾女、死ねばいいのにとか言わないれくらさって、ほんとに感謝してるんれすよ!」
 溌剌としたキョーコの言葉に、傍で聞いていたその場の全員の非難の視線が、蓮に突き刺さる。いや、蓮だってそんなことは断じて言っていない。多分。つられて疑惑の眼差しを投げそうになる自分を、社はどうにか抑制した。
「らから、たとえ敦賀さんが私のことを大嫌いで、顔も見たくないって思ってらっしゃるとしても、ずっとずっと親しくさせてくらさいねっ」
 ずずいとキョーコが身体を寄せて、うっとりと笑う。
(俺のことほんとに好きなら、頼むからそれ以上言わないでキョーコちゃんっ)
 怖くてキョーコの向こうに視線がやれない。すぐそこで、闇の国の蓮さんが、目をぎらつかせて、社の喉笛を食い破ろうと待ち構えているような気がする。
「いや、蓮はキョーコちゃんのこと嫌ってないから、そんな前提は無意味だし」
 社は喘ぐようにやっとそれだけを言った。むしろ大好きで毎日だって顔を見たいのだと思う。そう言えたらどんなにか良いのだが、この調子では、どうせ言ったところで本気にはされないのだろうと思うと、担当俳優が哀れでならない。
 キョーコは、社の返答を聞くと、目に見えてしぼんだ顔になった。上目遣いに社を見つめ、遠慮がちに聞く。
「……やっぱり、敦賀さんが私のことを大嫌いだと、社さんも私のことを雑巾女とか仰るんれしょうか?」
(だからっ!俺に対してそんな無駄に可愛く振る舞わないで、キョーコちゃんっ)
 一斉に刺すような視線を感じて、社は目を泳がせた。女性陣が目を三角にして社を見ている。社はもちろんそんなことを言ったりしないし、否定しないという選択肢はありえない。だが、否定すればますます担当俳優の顔を見られない展開になりそうな予感がして、顔を引きつらせながら、社は、断頭台に登る心地で言った。
「いや、まさか、そんなこと言うわけないよ……」
「ほんとれすか!社さん優しいれす!大好きれす!!」
 ほんわか、無邪気に笑う少女の笑顔は、掛け値なしに可愛い。だが、キョーコの背後から、おどろおどろしい気配が、ひたひたと社を威嚇している。正直生きた心地がしない。
(誰か俺を助けてくれ……)
 そんな社の心境などつゆほども気にしない様子で、キョーコはにこにこと笑っている。
「ふふふ~なんかとても幸せな気分れす!なんかふわふわして……ねむいれすね?」
 キョーコは可愛らしく首を傾げると、次の瞬間にはテーブルの上にこてりと頭を落とした。
「キョーコちゃん!?」
 慌てて覗き込めば、少女は、安らかな顔で寝息を立てている。
「……」
 何とも言えない沈黙が、その場を支配した。
「これ、一体どれくらい飲んだんだ?」
 呆れた顔で貴島が言うのに、百瀬が黙ってコップを示した。先ほど社が間違えて飲ませたコップを、そのまま一杯飲んだらしい。
 それを見て、貴島が吹き出す。
「その量でこれか……!面白すぎる。成人して酒を飲めるようになったら、飲ませるのが楽しみだなあ」
「……社さん」
 貴島の楽しそうな笑い声が響く中、キョーコの向こうから聞こえる低い低い声に、社は覚悟を決めて担当俳優の顔に視線をやった。無駄に爽やかで輝いた紳士笑顔全開の蓮が、そこにいる。
「最上さんの状態はかなりまずいですから、もう事務所に戻りましょう。俺は監督に挨拶してきます。事務所への連絡と、タクシーの手配をお願いします」
「分かった……」
 にこにこ無駄に笑顔をふりまいて、有無を言わさない圧力を発している蓮の言葉に、社は悄然と頷いた。この状態の蓮とキョーコと事務所に移動する自分を思うと、暗澹たる気持ちになる。
(俺、明日の朝陽無事に拝めるんだよな……?)
 当然拝めるはずだ。拝めなくては困る。でも万が一拝めなくても、出来る限り痛かったり苦しかったりしないといいなあ、なんて、そこはかとなく社が後ろ向きな考えに浸っていると、社の横で寝息を立てていた少女が、唐突にむくりと頭をもちあげた。ぼうっとした眼差しで、社とは反対側の自分の隣、蓮が座っていた場所を眺め、ついで周囲を見回す。その視線は、今まさに靴をはいて立ち上がった蓮の背中の上で止まった。
「敦賀さん」
 キョーコの声に、蓮は驚いたように振り返る。そこに、少女はろれつの回らない口調で、懸命に言った。
「一言申し忘れました。私、敦賀さんに嫌われてしまったんらと思うんれすけど、それれも、敦賀さんのこと、誰より尊敬申し上げてます!話しかけないれくれって言われても、ずっと尊敬しています……敦賀さんは私の目標れすから……えへへ、何らか照れちゃいますね」
 そう言って、赤くなった頬で、へにゃりと微笑んで、キョーコの頭はもう一度、テーブルの上に落ちた。
「……」
 無言でそれを見下ろす担当俳優が、頬を緩める前に、社は急いで声をかけた。
「蓮」
 蓮は我に返ったように瞬いた。数拍置いて、社に頷き、何事も無かったかのように、監督の方へと歩み去っていく。
(危なかった……)
 ここでキョーコにしか見せないようなとろけそうな笑顔を浮かべたりしたら、どんなに鈍い人間にだって蓮の恋心はバレバレだ。当人にとっては、ひどく不本意なことだろう。
(お前、芸能界一いい男とか、抱かれたい男No.1とか言われてるくせに……ほんとに見てられないよ)
 キョーコの最後の言葉に助かったと思う反面、蓮の反応に、顔を覆いたい気持ちになるのも社の正直な気持ちだ。それまでのキョーコから与えられたダメージを思えば、最後の最後に告げられた言葉に、蓮が思わず些細な幸せをかみしめたとしても、責められるものではない。だが、やはり少々情けないものがある。
 社はため息をつきつつ、電話をかけるべく、ビニール手袋を取り出した。


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