忍者ブログ

唐紅 -宝物-

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

台風娘注意報 7


 社が乗り込んで行き先を告げると、タクシーは滑らかに動き出した。窓の外を流れる景色を眺め、社は疲れたため息をつく。ちろりと後部座席を見やれば、運転席の後ろで、キョーコが無邪気な顔ですやすやと眠っている姿が目に入る。
 その隣に座る蓮は、店を出てから一言も喋らない。表情は平静を保ってはいるものの、その周囲には、重苦しい気配が満ちている。
 社は視線を窓の外に戻し、もう一度ため息をついた。どうにか担当俳優に浮上してもらわねば、明日からの仕事に差し支えるというのに、うまい言葉が見つからない。迷った末、社はひとまず自分の失態を詫びた。
「ごめんな。こんなことになるなんて」
「……仕方ありませんよ。事故でしょう」
 間をおいて返った声は、社にも分かるほど沈んでいる。だが、怒りの気配がしないことに、社は緊張を解いた。
「良かった、怒ってないんだな」
 社が正直な思いを述べると、微かに笑う気配がした。
「社さんがトイレに立ったわずかな間に問題を起こす彼女には感心しますが、そのことで社さんに怒ったりしませんよ」
「それを聞いて安心したよ。でも、今日キョーコちゃんが言ってたことは、気にするなよ?酔っ払ってたんだよ」
 社が言えば、少々の間を置いて、蓮はぽつりと答えた。
「……無理ですね。今日の言葉が彼女の本音でしょうから」
「ちょっと誇張表現が入ってただけだよ。俺に大好きとか」
 言ってたし、というつもりだった社の言葉は、心なしか低い蓮の声に遮られた。
「すみませんが、その話はしないでもらえますか?思い出したくないので」
 社は蒼くなって口をつぐんだ。どうやら自分は、地雷を踏み抜いたようだ。いま、社の後ろには「闇の国の蓮さん」が、間違いなく降臨している。
「社さん。……分かっていると思いますが」
 気迫のこもった声に、社は震え上がる。
「も、勿論だ!俺はキョーコちゃんに手を出したりしないぞ!!」
「当たり前のことを言わないでください」
 即座に返ってきた答えに、社は目を瞬かせた。
「え、違うの?」
「彼女がこれから先、打ち上げに参加するときは」
 社の頭に、蓮の言いたいことが稲妻のように閃いた。
「正式マネージャーがついてない間は、なんとか俺がついていくように調整するよ。お前はその間一人で大丈夫だもんな?」
「一滴もアルコールを飲まないように、お願いします。……危なすぎるので」
 それには社も全く同感だ。蓮と一緒になって深いため息をつく。
「こんなことがまたあったらと思うと、心配だもんな……」
「最上さんは騙されやすいですから」
 社は顔をしかめた。今回は事故だったが、性質の悪い輩が作為的にお酒を飲ませて不埒なことに及ぼうとする可能性も、十分ある。今日のキョーコの状態からして、お酒を飲んでしまったら最後、自力で抵抗するのは無理だろう。
「ところで、事務所に連れていくのはいいとして、そこから先キョーコちゃんどうするんだろうな?下宿先にこんな状態で帰ったら、まずくないか」
「社長とは話したんですか?」
「ああ。『最上くんはこの後ラブミー部の仕事がある。ちょうどいい介抱要員もいるから気にするな。とりあえず蓮と一緒に連れてこい』って言われたよ。キョーコちゃんはこの後予定無いと思ったんだけどなあ。そもそもこの状態で仕事って無理だよな?」
「……社長には社長の考えがあるんでしょう」
 そう答えて、蓮は深いため息をつく。その反応に、社はとある考えが閃いて、慌てて身を乗り出し、前部座席の隙間から蓮を振り返った。そうすると、やさぐれた顔の蓮と目が合う。
「お、おい、まさか、例の……」
 社が言うと、意味が通じたのだろう、蓮は視線をふっと逸らした。社は顔をひきつらせる。
「いくらなんでも、それは無茶だ。お前の明日に差し支えるだろう!?俺から社長に言って」
 懸命に言う社に、蓮は一言で答えた。
「必要ありません」
「いや、でも」
「それくらい差し支えません」
 なおも抗弁しようとした社に、蓮は頑なに言う。担当俳優の珍しい態度に、社は眉をよせた。どうあってもここは譲るわけにはいかない。蓮が心配なのは勿論だが、蓮の理性が働くかどうかも心配だ。
「いや、ダメだ。それくらいなら俺が」
 社の言葉に、蓮は面白くなさそうな顔で、ちらりと横で眠るキョーコの姿に視線を走らせる。
「そうしたら、彼女は社さんのことがますます大好きになりますね」
「お前、まさか、……拗ねてるのか?」
 社が信じられない気持ちで聞けば、蓮はふいっと横を向いた。微かに顔が赤い。
「いけませんか」
 思いがけなく素直な反応に、社は腹筋に力を入れて、笑いをこらえた。今ここで笑ったら、担当俳優は、また「闇の国の蓮さん」になってしまうに違いない。
 三人を乗せたタクシーは、ぱっくりと口を開けたLME事務所の駐車場入り口に、滑り込んでいった。


PR

Copyright © 唐紅 -宝物- : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]