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唐紅 -宝物-

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台風娘注意報・完結編

さつき様の書かれた「台風娘注意報」の第7話。
そのあとがきに、「あとは脳内補完でお願いします」と注意書きがあり、二人のその後が気になって仕方のなかった管理人が、勝手に創作をしたのがこの話です。

幸い、さつき様が快く受け取ってくださった上に、更にその続き妄想である「ひそやかに夢魔はささやく」を書いてくださいました。

思いがけずコラボとなったお話を、楽しんで頂けると嬉しいです。






 当面の生活の拠点であるホテルの部屋の鍵を開けた男は、電気のスイッチに手を伸ばすことなく、真っ直ぐにベッドへと歩を進めた。抱き上げていた少女をシーツの上に降ろすと、彼女の腰まで達した髪がパサリと放射状に広がる。深い黒色の服を着た青年は光源のない部屋に同化するように佇み、身じろぎ一つせずにスヤスヤと眠っている娘を底光りのする瞳で見下ろした。
 小一時間ほど前、今期一番の話題作であったドラマの打ち上げが行われ、そこであるトラブルが起きた。ヒロインの従妹を演じた最上キョーコ……芸名、京子が未成年でありながら誤って酒を飲み、事務所の先輩で主演俳優でもある敦賀蓮に散々絡んだあげくに眠り込むという、本人が知ったら即刻自害の用意をしそうな大失態を犯したのだ。一杯のウーロンハイで酔い潰れた少女は蓮と彼のマネージャーである社によってその場から連れ出され、所属事務所の駐車場で待機していたキャンピングカーへと運びこまれた。
 本来ならばそこで、蓮とキョーコは謎の俳優カイン・ヒールとその妹セツカに扮するはずだったのだが、泥酔した少女は目を覚ます気配がなく、とりあえず形だけでもと彼女にはメッシュの入ったウイッグのみが施されることとなった。
 魔女の異名を持つ美容師の所有するキャンピングカーは、ヒール兄妹を乗せて二人の逗留先であるホテルへと向かい、事務所を後にした。不安の色も顕に、彼らを見送る社を一人残して。
 そして今、闇の色濃い室内で、夢の中を彷徨う少女の僅かに幼さの残った顔を、蓮はただ見つめていた。
―――「きみが大嫌いだ」って、心のままに仰ってください!
 言えるはずがない……思うはずもない言葉。
 それを何としても蓮に言わせようと執拗に絡んだ行為が嘘であったかのように、今は穏やかに眠っているキョーコに、彼はポツリと言葉を落とした。
「君はそんなに俺が嫌いか……?」
 少女の意識がないからこそ尋ねた。……尋ねることができた。
 かつて彼女に問いかけた冗談交じりのそれが、今はひどく胸を締め付ける。
 常日頃の礼節をわきまえたキョーコならば、蓮の問いに対し、「お世話になっている先輩を嫌ってなどいません!」と大仰に両手を振って否定することだろう。
 先程の、酒に酔って理性を失った彼女ならば、邪気なく答えたに違いない。蓮の心を切り刻む、凶器に等しい一言を。
「……最上さん……」
 掠れを帯びた声が、濃紺の空間に染み入るように溶ける。弱く発せられたそれを受け止めるのは、窓から僅かに届く街の灯りと夜の静寂のみ。だからこそ彼は、切なる願いを唇に乗せた。
「俺を嫌わないで……」
 暗闇に慣れ始めた蓮の視界に、白い肌が甘く浮かび上がる。柔らかな曲線を描く頬に引き寄せられるように手を伸ばすと、それに呼応するかのように閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。触れようとしていた手が、ピクリと動きを止める。
「きら、う? ……誰が…です…?」
 途切れながらもしっかりと意味を為した問いに、聞かれてしまったかと蓮は薄く笑った。彼女にはもう十分過ぎるほど、短慮で愚かな自分を見せていると言うのに……それを人前で糾弾されたばかりだと言うのに、更にこの子の前で弱い自分を晒け出さなければならないのか。
 蓮は諦念するように溜め息を付いた。どちらにしても彼女には、綺麗に装った作り物の『敦賀蓮』など通用しないのだ。足掻いたところで無駄なことだろう。
「君がだよ、最上さん。事務所に入ったばかりで右も左も分からない君に、意地の悪い言動をした俺を、君は嫌っているんだろう?」
 知ったばかりの彼女の本音を口にするのは予想以上に辛く、蓮は自らの言葉によって生じた痛みに奥歯を噛み締める。彼の問いかけに返ってくるのは、肯定か否定か。だがそれは、単に彼女の理性が戻っているか否かを示すバロメーターに過ぎず、どちらの答えがもたらされても蓮にとって救いとはならない。
「どして、ですか……?」
 まだ少し酒が残っているのか、たどたどしくキョーコが尋ねた。
「嫌って…るのは私じゃなくて、敦賀さんの方…じゃないです、か?」
「俺は…っ、俺は君を嫌ってなどいない!」
 ドラマの共演者の目前で何度も彼女の口から繰り出されたフレーズに、蓮は思わず声を荒げた。
「君がそんな風に思い込むような誤解を与えたのは、申し訳ないと思っている。でも信じてくれっ。俺は本当に君を嫌ってなどいないんだ!」
 蓮の必死の叫びに、キョーコはゆっくりと身体を起こし、さも不思議そうに首を傾げた。
「ど、したんですか……敦賀さんらしくない…です。そんなにムキになって……」
「ムキにもなるっ。俺はほんの一欠片だって君にそんな感情を抱いていないのに、あたかも知っているかのように君が言うから……!」
「あの……無理、しないでください」
「無理!?」
「世の中にはどうしたって、好きになれない人はいますし……敦賀さんは優しいから、私なんかでも傷つけないようにって、考えてくれているんでしょうけ……ど…っ」
 尚も語られようとした言の葉は、漆黒を纏う大きな熱に抱かれて出口を失った。
「もうやめてくれ…っ」
「つ…るが、さん……?」
「頼むからやめてくれ……これ以上、君に責められたら俺はどうにかなってしまうっ。君をひどく傷つけてしまったことは謝る! 何度でも謝るから!!」
 未だ覚醒しきっていないのか、抵抗することなく腕の中に収まっているキョーコを、蓮は更に力を込めて掻き抱く。
「辛い思いをしていた君に、追い討ちをかけるような意地の悪いことをしてごめんっ。俺は自分の信念しか頭になくて、それを君に押し付けて酷いことをした。本当に悪かったと思っている! 君は一生許してくれないんだろうけど、でも俺はっ」
「許しますよ…?」
「え…っ」
「敦賀さんが謝ってくれたから、許します」
「…あ……の、最上、さん?」
 余りにもあっさりと言い放たれて、蓮は戸惑いの声を上げた。過去の己の浅はかな行いは、彼女にとって一生忘れられないほどに許容できない行為だったのではなかったのか。
「敦賀さんだって、私を許してくれたじゃないですか。一度でも心から非を認めた人間に、それ以上怒る必要はないって。だから……おあいこです」
 果たしてこの子とそんな会話をしたことがあっただろうかと、今度は蓮が首を傾げる。まだどこか夢うつつの状態のキョーコは、蓮の心に生じた疑問に気づく様子もない。
「ですから……敦賀さんが何度も謝る必要なんてないんです」
「でも君は、俺が昔の悪行を忘れて欲しいと言ったら、一生覚えていると言っただろう……?」
「もちろんです。私、一生覚えています。敦賀さんと出会ってからのことを、忘れるはずがありません」
 考えていたものとは微妙に違うニュアンスの返答に、蓮は閉じ込めた温もりを少しだけ離して、恐る恐るキョーコの顔を覗き込む。
「それって、どういう意味……?」
「だって、天然いじめっ子なのも、怒ると大魔王のように怖いのも……仕事に厳しいのも、何かと気にかけてくださる優しいところも……そういうのを全部ひっくるめて敦賀さんじゃないですか」
「最上さん…」
「忘れるなんて、できません」
 にこり、と零れるような笑顔で笑いかける少女に、蓮の鼓動が大きく跳ねた。この娘……一体どうしてくれようかと、胸の中に先ほどまでとは異なる嵐が生じる。
 蓮はキョーコの腰に回していた手を離して一度握り締めると、それを開き、彼女の滑らかな頬にやんわりと当てた。
「君は、本当に可愛い……」
 頬に触れた指がキョーコの顔を、そうと意識させずに優しく捕える。
「可愛くて、可愛くて、どうにかしてしまいたくなる」
 広い背中が斜めに屈み、僅かに開かれた淡い色の唇へと、蓮の端正な顔がゆっくりと距離を詰めていく。
 戒めを忘れたわけではない。大事な人を作らないという、自らの誓いを無視するわけでもない。だが今は、彼女に触れたいと願う気持ちが、蓮を強く支配していた。
「大好きだ……」
 吐息混じりに、蓮が想いを伝える。決して返事を求めてはいないそれは、まるで免罪符であるかのように彼の行為を後押しした。合わせられる直前の唇……その一方が短く言葉を象った。 
「ちが…う」
 否定の音と見開かれた大きな瞳に、蓮はハッと我に返り硬直した。
 酔った少女に精神的に追いつめられてどん底に沈んでいた心が、彼女の笑顔の赦しによって大きく浮上し……そして浮かれた自分は一体何をするつもりだったのか……!
「敦賀さんじゃ、ない……」
「ごめ…っ」
 はっきりと目が覚めた彼女にその行為が許されるのは自分ではないと告げられて、慌てて離れようとした蓮の首に細い腕が絡みつく。そのままぐいと引き寄せられて、彼は少女を押し倒すような体勢でベッドへ崩れ落ちた。
「な…っ?」
「カイン……兄さんっ!」
 辺りの闇を掃い除けるような明るい声が蓮の耳元で跳ね、柔らかな感触がきゅうと彼の肩を締め付ける。
「もが…セ、セツ?」
「兄さん……!」
 嬉しそうに兄を呼ぶ少女に、蓮の身体中の力が一気に抜ける。ここでセツなのか、といっそ泣きたい気持ちで蓮は深く息を吐いた。替わりにスゥと胸に入り込んだ新しい空気が、彼の意識をカインのものへと切り替える手助けをする。
「……セツ。俺に巻き付くのは一向に構わんが、このままだとぺしゃんこに潰れるぞ……?」
 引っ張られるままに倒れこんだ大柄な身体に、少女の上半身はすっぽりと覆われていた。今は腕に力を入れてキョーコに重みがかからないように押さえてはいるが、それも長くはもたない。何よりもこの体勢はヤバイだろうと彼の理性が訴えている。
「セツ? おい、セツ?」
 返事をしない妹に、再度名を呼びかけるも返答がない。もしやと思い耳を澄ますと、聞こえてきたのはくー、すー、と繰り返す小さな寝息だった。
「……全く、君って子は……」
 まるで台風だな、と蓮は素に戻り、くしゃりと髪を掻き上げた。振り回すだけ振り回しておいて、中心にいる当の本人は全く関知しないのだから性質が悪い。
 蓮は身体を横にずらして重心を移動すると、靴を脱ぎ、両足を寝具の上に乗せた。首に回された二本の腕を解かないように注意しながら、掛け布団を引き寄せ二人の身体にかける。
「君に責められるのは嫌だから、悪さをするつもりはないけれど……でもこれぐらいは許して欲しいな」
 少女の小さな頭を持ち上げて、自分の右腕を下に敷き、そのまま華奢な背中を抱き寄せた。蓮の首元で柔らかな拘束を続けている細い腕を手に取り、軽く食むように口付ける。
 その瞬間に漂った、彼女を取り巻く甘い香りにふわりと微笑みを浮かべると、蓮は瞼を閉じてこれから過ごす短くも長い夜を迎え入れた。


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