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唐紅 -宝物-

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ひそやかに夢魔はささやく 6


 全身がひどく暖かくて、心地よい。――身体中の感覚が、朝が来たと告げている。浮上する意識の中、キョーコは身じろぎしようとして、動けないことに、眉をひそめた。何か、固くて質量感のあるものに、全身が圧迫されている。特に首と背中に何か太い縄のようなものが巻き付いていて、寝返りもできない。それを確かめようと両手を動かし、キョーコは自分が何かに抱きついて寝ていたことに気が付いた。夢うつつのまま、手でそれの感触を確かめる。弾力があって、微妙に固くて、そして暖かい。布団や枕の類ではない。さらに手を移動させて、ふと手をくすぐった感触に、キョーコは手をとめた。なんだろうか、この柔らかい感触。まるで髪の毛のようだ。それも、サラサラの柔らかい髪の毛だ。いつかと同じような、ずっと触っていたいほどの心地よさに、キョーコはうっとりと酔いしれて、その感触を楽しむ。
 すると、抱きついているものがびくりと動いた。首と背中に巻き付いているモノも同時に動く。動くって、一体何が動くというのだ。キョーコは自らの現在の状態に、補正しきれない異常を感じて、ばちりと目を開けた。
 結果、視界いっぱいに広がっていたものに、キョーコの思考は停止する。そこにあったのは、畏れ多くも、芸能界一いい男、先輩俳優敦賀蓮の、麗しい神々スマイルだった。
「お早う。良く眠れた?」
 つまり、キョーコが抱きついていたのはどうやら大先輩の首で、キョーコが先ほど撫でさすったものは大先輩の背中で、しつこいほどにいじくりまわしたのは髪の毛だったということだろうか。たっぷり数十秒ほども固まったあと、受け入れがたい現実に、キョーコは再び目を瞑った。次に目を開けたら、この目に毒なほど無駄な色気に溢れた先輩俳優が、消えて居なくなってくれたりはしないだろうか。
「お嬢さん、そろそろ起きないと、予定に遅刻するよ?それに、ここでもう一度寝たら、悪戯するけど、それでもいい?」
 だが、艶っぽく耳元でささやかれて、その願望は儚くも砕け散った。キョーコは慌てて目を開けた。いや、ひん剥いた、という表現の方が適切だったかもしれない。
「ぎぃゃぁ……」
 喉から自然に飛び出してきた、乙女にあるまじき響きの悲鳴は、蓮の片手で難無く封じられた。背中に巻き付いていたものが外れて初めて、キョーコはそれが、先輩俳優の腕だったことを知る。
(何これ!?)
 混乱のまま、キョーコは蓮の首に回していた手を外して、ジタバタともがくが、キョーコを押さえつけている力強い腕は小揺るぎもしない。
「落ち着いて。さすがにきみの声量だと、他の部屋に声が響いて迷惑だから。息を吸って、吐いて」
 落ち着き払っている蓮を、キョーコは恨みがましい目で睨んだ。誰のせいだと思っているのか。それを見て、先輩俳優は呆れたような顔で肩を竦めた。
「俺のせいだと思ってる?でもね、昨夜、俺を放してくれなかったのはきみの方なんだけど」
 そんな馬鹿な、と昨夜の記憶を掘り起こして、キョーコは眉を寄せた。ダークムーン打ち上げの途中から、記憶がない。
 キョーコのその様子を見つめて、蓮はため息をつく。
「やっぱり覚えてないんだね……。きみは間違えてウーロンハイを飲んでしまって、酔いつぶれたんだよ」
言われてみれば、微かに、記憶の最後に、慌てていた百瀬逸美の顔が浮かぶ。キョーコは顔から血の気が引いていくのを感じた。
 キョーコの表情の変化を認めて、蓮の手は離れていく。キョーコは蓮の腕枕から慌てて起き上がり、ベッドの端に寄った。ありえないほどの至近距離にいたことに、心臓がばくばくする。
「社長に、妹の介抱は兄の役目だと言われてね」
 蓮はすごい勢いで離れていったキョーコに苦笑を浮かべ、自身も起きあがった。
「酔いつぶれている状態のきみを下宿先に帰すわけにもいかないし」
 そう言われて、そこでようやく、キョーコは蓮がカインの姿をしていることに気が付いた。よほど動揺していたらしい。
「で、事務所に寄ってから、寝てるきみを連れて帰ってきたんだ」
「そ、それは、お手数をおかけ致しまして、申し訳ありません!」
 キョーコは蒼くなり、ベッドの上で平伏する。尊敬する大先輩にそんな面倒をかけてしまっただなんて、本当にありえない。
「で、でもですね、どうしてこんな……こんな……」
 どもるキョーコの訊きたいことは、十分に伝わったようだ。
「きみは帰ってきたときに起きて、俺を見てセツにならないといけないって反射的に思ったらしいね。いきなりカインの首にまきついて、そのまま離れなかったから、一緒に寝たんだよ」
 そう言って、にこり、邪気のない笑顔を浮かべる蓮に、キョーコは引きつる。
「お、起こすなり、無理やり引き剥がすなりすればいいじゃないですか!」
「よく寝てたから、可哀想だと思って。オプションで腕枕も追加してみたんだけど、喜んでもらえた?」
 どう考えても嫌がらせだった。朝こんな状態で目覚める方が可哀想だと思うべきだ。
「そんな優しさいりません!!敦賀さんの天然いじめっ子ぉぉ~!!」
 キョーコが叫ぶと、先輩俳優は吹き出して笑う。
「ひどいなあ、きみにあんなことやこんなことされても、黙って耐えてたのに」
「え……」
「きみは酔っ払うと大胆になるんだね」
 意味ありげな流し目を寄越されて、キョーコの顔は一転して赤から青に変わった。何も憶えていない。
「え、あの、私は、一体何を……」
「俺の口からは言えないよ」
 うっすら目元を赤くして、横を向く蓮に、キョーコは崖から突き落とされたような気分になる。先輩俳優が赤くなるようなとんでもないことを自分がしでかしてしまっただなんて、信じたくない。
「も、ももも申し訳ありませんでした……」
 ベッドから飛び降り、土下座しようとしたところで、先輩俳優は絶妙の呼吸で頭を支えてキョーコを止めた。
「うん。酔っ払ってたんだから、仕方ないよ。それより」
 涙目で蓮を見上げるキョーコに、先輩俳優は、気遣うように首を傾げて言った。
「随分寝言を言ってうなされていたけれど、どんな夢を見たの?」


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