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唐紅 -宝物-

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ひそやかに夢魔はささやく 7


「どんなって……」
 夢の中の一部の情景が記憶に蘇ってきて、キョーコは慌てた。顔が赤くなるのを止められない。信号機のようだ、と蓮に思われていることも知らず、キョーコは一人で思考の迷路に迷い込む。
 最初はまともな夢だったのに、コーンにキスされて、それがいつの間にかこの先輩俳優に変わって、好きだと言われてキスされそうになる……そんな夢を見ただなんて、当の先輩俳優を前にして、言える筈がない。夢にしては妙に生々しかったキスの感触が蘇って、キョーコは無意識に右手で唇をなぞった。視線が蓮の唇に行きそうになるのを、必死にこらえる。だからキョーコは、その仕草を見た先輩俳優が微かに目を細めたことに、気づかなかった。
「反応からして、言えないようないかがわしい夢を見たのかな……」
 言い当てられたキョーコは、動揺して蓮を見上げ、途端に目に入った形の良い唇に、慌てて目をそらした。
「そんなわけありません!大蛇に巻き付かれて身動きできない夢です!!敦賀さんの腕が巻き付いてたせいですよっ!」
「そう?寝言で俺の名前を呼んでたけど」
 うっ、とキョーコは言葉に詰まった。
「俺のことを夢に見てくれるなんて感激だな。で、どんな夢見てたの?出演してた俺には知る権利があるよね」
 そんな権利はない。だがあくまでもにこやかに主張する蓮に、そう答える頭も回らないキョーコは、苦し紛れに床を睨み付けたまま答えた。
「だ、大蛇の名前が敦賀さんって名前だったんです!!」
「ふうん?――じゃ、恋なんてしないはずだった、って寝言で言ってたのは?」
「は?何ですかソレ?」
 訝しく聞き返しながら、キョーコの胸はどきりと高鳴った。本当にそんなことを言った憶えはない。だが、何となくその言葉に心当たりがあるような気がするのは何故だろう。分からない。夢の中で、そういえば苦しいほど切なくて、ずっと胸につかえて降りてこなかった何かについて、答えが出たと思った気がするのに、それが何だったのか、どうしても思い出せない。――たぶん、思い出してはいけない。
「お芝居をする夢でも見てたんじゃないでしょうか?しないはずだったもなにも、恋なんて絶対しませんから、私がそんなことを言う筈ありませんし」
 だから、キョーコは、引きつり笑いを浮かべて、自分でも苦しいと思う言い訳を口からひっぱりだした。言いながら、まるで自分に言い聞かせているようだと思う。そっと蓮を見上げ、そしてそのことをキョーコは後悔した。
 蓮は、どんなごまかしも嘘も見抜こうとするかのような、真剣な眼差しでじっとキョーコを見つめている。キョーコは喉がからからに干上がるのを感じた。
「本当に?不破尚の夢を見てたとかじゃないのかな。それか社さんか」
「は?何でアイツがでてくるんです?それに社さん???」
 先輩俳優の口からもれた、全く思いもかけない二つの名前に、キョーコの口から思わず頓狂な声が飛び出す。その様子を眺め、蓮はふっと口を緩め、見ている側が赤面せずにはいられないような神々スマイルを浮かべた。その眩しさに、キョーコは硬直する。幼馴染みの話題が出るといつも不機嫌になる先輩俳優が、今日は自分から話題に出した挙げ句、どうしてか機嫌が良いようだ。大魔王と対面しなくて済むのは嬉しいが、心臓に悪い笑顔をポンポン浮かべるのはやめてほしい。
「そう。――シャワー、先に使うよ。だから、それが終わるまでには、セツになっててね?最上さん」
 甘くささやく蓮に、キョーコは干からびそうになりながら、こくこくと頷いた。先輩俳優は立ち上がり、軽い足取りでバスルームへと消えていく。
 それを呆然と見送って、キョーコはよろよろと立ち上がり、ベッドに座った。
「ありえない……」
 朝からどっと疲れた。飄々としている先輩俳優が恨めしい。大体が同じベッドで平気で眠れるなんて、キョーコの色気がないからだと思うと、何だか悔しい。キョーコが正気だったら、あんな色気の塊と一緒のベッドで横になったりしたら、緊張して寝つくなんて絶対に無理だ。キョーコに抱きつかれてそのまま一緒に寝たという蓮も信じられないが、蓮に抱きついた挙げ句、そのまま寝たという自分のことが一番信じられない。
 せめて、連れてこられて一度は起きたというときのことだけでも、ほんの少しでも思い出せはしないかと記憶を探り、ふと、脳裏をかすめた情景に、キョーコは眉を寄せた。――暗いこの部屋の中、熱を含んだ双眸でキョーコを見下ろし、ささやきを落とす蓮の姿。
「夢……よね?」
 現実であったことだと思うには、フィルターでもかかっているように、記憶が遠い。だが、本当にあれは夢だったのだろうか。夢にしては、ひどく、鮮明でリアルな記憶だ。嫌わないでくれとキョーコにささやいた言葉、それに自分は何と答えたのだったか。途中まで、あるいはキョーコを見下ろす蓮の姿を見上げたところだけは、実際にあったことのような気がする。だが、やりとりのどこまでが現実にあったことで、どこからが夢なのかが、キョーコには分からない。内容を思い出せば、全てが夢だったような気もする。
 ――大好きだ。
 その記憶の最後の、現実にささやかれるはずのない言葉が耳に蘇って、キョーコは硬直した。それに触発されてか、夢の中でコーンにささやかれた言葉も、なぜかリアルな先輩俳優の声で鮮やかに耳の中に蘇る。リピート再生されるそれらを振り切ろうと、キョーコはベッドに突っ伏して、頭をぐりぐりとシーツに押し付けた。だが、気が紛れるどころか、鼻腔中に蓮の残り香が広がって、耳の中で再生される声はさらに大きくなる一方だ。そのひどく理不尽な状況に、キョーコは叫ばずにはいられなかった。
「私のバカ、破廉恥!敦賀さんにキスされそうになるとか、なんてありえない夢見るのよ!!コーンが出てきて、途中までは幸せだったのに!忘れるの、忘れるのよ~!」
 ぼすぼすベッドを殴って奇声を上げる。
「ああ、そうだ、最上さん、言い忘れてた」
 そのときぴょこりとバスルームから顔を出した先輩俳優に、キョーコは凍り付いた。今の言葉を聞かれただろうか。ギギギ、と音がしそうなほどにぎこちなく、キョーコは身体を起こして蓮を見上げた。
「な、何でございましょうか……?」
「俺はきみが大好きだよ」
「は?」
「昨晩は4回言ったんだけど、どれも憶えていないみたいだから、もう一度言っておくね」
 そうして一際眩い笑顔を振りまいてから、先輩俳優の顔は再度バスルームに引っ込んだ。
「4回って……え?」
 意味がわからない。脳が蓮の言ったことを理解することを拒否している。
「は?だいすき?だいすきって……」
 言われた言葉を咀嚼するうち、キョーコの顔は見る見るうちに朱に染まった。
「落ち着くのよキョーコ、どうせ何かの嫌がらせで言ったに決まってるんだから……」
 だが、その状況が思い出せないことには、言われた言葉に含まれた意味が気になって、何も手に着かない予感がした。そうしているうちにも、今し方の「大好きだよ」という言葉が、リピート再生の列に入って、キョーコは絶望的な気持ちになる。これではとてもセツカになどなれない。
「なにが、『セツになっててね』よ……敦賀さんの、敦賀さんの、天然いじめっ子ぉぉぉ~~!!」
 脱衣場で抱かれたい男No.1俳優が、少年のように頬を染め、顔を押さえてうずくまっていたことを、キョーコは知る由もなかった。





小説を進呈した後にさつき様から、元々「台風娘注意報」は私にくださる事を前提に創作されたというお話を聞いて、本当に思いも寄らない事で驚きました。何か見えないものに引かれていたかのような……こういうのを縁と言うのでしょうね。

お酒好きなさつき様らしい、酒乱暴走顛末記の「台風娘注意報」。過去の悪さを暴露された蓮の内心の狼狽えぶりと、キョーコの開放されっぷりが楽しいです。社さんにとっては恐怖物語だったでしょうけど(笑

「ひそやかに夢魔はささやく」で、夢の中にいるキョーコちゃんにまで翻弄される蓮がたの……多少気の毒ではあるものの、まあ役得もあったしと思わず笑顔になってしまう……こんなささやかな幸せムードがさつき様クオリティですね!

「夢魔」を更新されている時に喘息をこじらせてしまって、リアルタイムで感想をお伝えできなかったのが未だに心残りですっ。

さつき様、心情豊かな小説をありがとうございました!


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