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唐紅 -宝物-

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ひそやかに夢魔はささやく 5


 腕の中で規則的に繰り返される息遣いを確認し、蓮はそっと息をついた。うなされていた少女は、無事に深い眠りの中に旅立ったようだ。だが、安らかに眠る少女の姿とは裏腹に、蓮の胸の鼓動はひどくうるさい。
「残酷なのは……俺じゃなくて、きみのほうだろう……?」
 眠っているときでさえも、キョーコは蓮を振り回してくれる。彼女の寝言の半分は、ごにょごにょと不明瞭で聞き取れなかった。だが、かろうじて聞き取れた少女の寝言に、彼女が一体どんな夢を見ていたのか、蓮は知りたくてたまらなかった。今すぐ揺さぶり起こして問い詰めれば、答えは得られるのかもしれないが、無邪気な顔で眠るキョーコの姿を前にして、そんなことができるはずもない。
 最初は目論見通り、蓮がコーンの代わりにささやくことで、キョーコの夢は幸せな方向に行っていたようだったのに、途中から風向きが変わった。おそらく、やりすぎたせいだろう。 蓮は潔く、心の中で自分の暴走を認めた。
 至近距離にある、少女のあどけない寝顔――その唇を眺め、うっかり柔らかな感触を思い出しかけて、蓮は慌てて目を逸らした。せっかく途中で止まったというのに、身体が熱くなってしまう。
 眠る少女の唇を盗んだことに、罪悪感がないではない。だが、むしろ、それだけ――一度だけで済ませた自分は褒められるべきだと思う。何しろ、あのとき、蓮は、紳士の敦賀蓮ではなく、素のクオンを表に出していたのだ。この体勢で、大好きと笑顔で言われて、何もするなというのは難しい。
(よく止まったよ……偉いよ、俺……)
 自分の理性に乾杯したい気分だ。もし、あのまま襲ってしまったりしたら、犯罪者になるのは勿論、キョーコの中から蓮は未来永劫存在抹消確定だし、何より、彼女をそんな風に傷つけてしまったことを、あとで、蓮自身が許せないに違いない。
 正直に言えば、危ないところだった。あのとき、二度目の口づけ――触れるだけではなく、少女の吐息を奪い尽くすつもりだったそれの直前に、彼女が自分の名前――コーンではなく、敦賀さん、と呼ばなければ、自分は止まれなかったと思う。あの声で、キョーコが起きたのかと、蓮は冷水を浴びせられたかのように我に返った。
 だが、それもまた寝言だったと分かって、キョーコの夢の中を見たい、と蓮は焦がれるように思った。コーン、彼女にとって特別な存在である妖精の夢の中に、どうやら蓮も出てきたらしい。ならば、自分の存在は、思ったより、彼女にとって大きいのかもしれない。ただし、彼女はそれから眉を寄せて唸って、しばらくするとまた泣き始めたから、あまり良い役まわりではなかったようだが、それでも、嬉しさを抑えきれない自分がいる。それが、ささやかすぎる幸せだとは自覚している。
「恋なんてしないはずだったのに、か……」
 再度泣きだした彼女が口にした寝言は、確かにそう聞こえた。どういう文脈で、彼女がこの言葉を口にしたのかは分からない。その前の言葉は不明瞭で聞き取れなかった。だが、しないはずだった、ということは、彼女は今、恋をしているのだろうか。だとしたら、誰に。夢に出てきただろう自分に、と思うのはさすがに期待のし過ぎだと思うが、心が逸るのはどうしようもない。
 蓮は、深くため息をついた。朝、起きた彼女を、自分は果たして問い詰めずにいられるのか、全くもって自信がない。そして、朝まであと一時間程度、再び微睡むこともできそうになかった。今この状態で眠ったりしたら、熱くなりかけた身体をもてあましている自分は、きっとキョーコの寝言を自分に都合良く解釈した、不埒な夢を見る。そして、寝ぼけてキョーコを襲いかねない。
 蓮は再度ため息をついて、そっと自らの首にまわされた、華奢な腕を取り外しにかかった。意趣返しのつもりで朝までこうしているつもりだったが、仕方がない。どう考えても、シャワーを浴びて頭と身体を冷やすべきだ。
 存外しっかりと巻きついている少女の腕を、刺激しないようにそっとはがしていると、キョーコが身動きした。
 起こしてしまったかと、蓮は動きを止めてキョーコの様子を見守った。少女は目を瞑ったまま、蓮がやっとのことでほどきかけた腕をしっかりと蓮の首に巻きつけなおし、蓮の胸にほお擦りまでして、幸せそうな顔で、再び安らかに寝息を立てている。
 どうしてくれよう、この娘。
(ミイラ取りがミイラになるってこういうことを言うんだったか……)
 こんなに幸せそうに、しかも自分に抱きついて寝ている彼女を起こすのは忍びない。素の彼女なら、こんなふうに自分に抱き付いてくれるなんて嬉しい状況は、絶対にありえないと思えばなおさらだ。この状況で、はがすのがもったいないなどと思っていることを社あたりに知られたら、また抱かれたい男NO.1が情けない、だとかからかわれるのだろう。
 それでも、そのちいさな幸せを、蓮は壊したくないと思うのだった。


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