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唐紅 -宝物-

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ひそやかに夢魔はささやく 3


 キョーコが十年程前に出会い、たかだか数日を一緒に過ごしただけの少年――彼女はそうとは知らないが、かつての自分――のことを、今も気にかけていることは知っていた。
 彼女が自分の上げたお守りをずっと大事に持っていて、今でもそれを大切にしていることも、知っている。キョーコが蓮を力づけようとして、魔法の石なんです、と、かつての蓮――クオンがキョーコに告げた言葉をそのまま添えて、そっとそれを差し出してきたときのことは、今も鮮やかに記憶に残っている。
 そのとき、二人で交わしたやり取りの中で、王様になるためにコーンは生まれたのだと、コーンなら絶対に空を飛べるのだとキョーコに力説されて、蓮の心を甘く暖かく満たした想いを、何と呼べば良かっただろう。キョーコが無邪気に寄せてくる信頼と好意は、十年前も今も、蓮にとっては、キョーコに渡したお守りの石などよりも遙かに確かで、心を暖かくする愛おしい魔法だった。
 そして、今、蓮の胸の中を痛いほどに締め付けるこの狂おしい思いも、そのときの想いと間違いなく同種のものだ。
 これまで、幾つの夜を、彼女はこんな風にコーンを案じて過ごしたのだろうか。弱みを見せて甘えるなんてことを思いもしない彼女は、夢を見て泣いた翌日も、蓮にはいつも通りの顔をして振る舞っていたに違いない。蓮は彼女にとってただの一先輩に過ぎないのだから、それは当たり前のことだ。――その立場を、蓮は、これほどにもどかしく、恨めしく思ったことはなかった。
 いつか、彼女を手に入れる男が現れたとき、その男は、こんな風にうなされて泣く彼女を躊躇なく起こし、優しく慰めるのだろうか。そうして、彼女は、蓮とキョーコしか知らない思い出を、懐かしみながらその男に語ることがあるのかもしれない。蓮には望むべくもない未来の情景を思い浮かべれば、黒くドロドロとした感情が胸に渦を巻く。許せるものか、と蓮は思う。彼女が昔の自分に寄せる、絶対の信頼と愛情、そして暖かな記憶、それだけはただ蓮とだけ共有するものであってほしい。それがひどく自分勝手で傲慢な願いなのだと知っている。彼女に想いを告げる気もなく、そして、自分がコーンなのだと告げる気もない蓮に、そんなことを思う資格はない。だが、それでも、そんなことを許せるはずがなかった。
 しかし、だからといって、傍らに誰もいないまま、自分のことを心配して夢にうなされ、一人で泣きながら目を覚ます彼女の姿を想像すれば、たまらなく心が痛んだ。そして、心が痛むのと同じくらい、彼女の心を自分が占めていることへの嬉しさと、それを嬉しいと思ってしまうことへの罪悪感が、蓮の胸を一層甘く締め付けて、突き動かされるように、蓮はキョーコの背中に添わせていた手をひきよせ、キョーコを抱きしめた。そうして全身に少女の柔らかい温もりを感じれば、胸を締め付ける想いは、収まるどころか、さらに大きなうねりになって、蓮の胸をかき立ててゆく。
 せめて今だけは、二人以外は誰もいないこの部屋で、何も知らず眠る彼女に、敦賀蓮としてではなく、クオンとして言葉をささやくことは許されるだろうか。――蓮に正体を明かす気がない以上、キョーコにコーンの言葉を伝えることのできる、これは最初で最後のチャンスかもしれない。そう思ってしまえば、もはや蓮に選択肢は無かった。
 もう心配しなくていいのだと、伝えるだけ。彼女から離れて頭を冷やすべきだと告げる、僅かに残った自分の理性に言い訳するように心の中で呟いて、蓮は腕の中の愛おしい物体に顔を寄せた。


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