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唐紅 -宝物-

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ひそやかに夢魔はささやく 2


 夢の中で、キョーコはひどく懐かしい川縁に立っている。妖精の住処のように美しく、自然豊かな森を抜けた先にあるそこは、キョーコにとって特別な記憶の眠る場所だった。キョーコはかつて、この場所で妖精の少年――コーンと出会った。
 記憶と寸分変わらない景色を見回せば、胸の中に幸せな気持ちがわきあがる。夢の中はぽかぽかと暖かくて、不思議なほど安らぎに満ちていた。どこからともなく漂う良い香りを楽しみながら、キョーコはうきうきと踊るような足取りで、森の中に踏み込んだ。折角夢に見たのだから、ここに住んでいるだろう妖精達に、挨拶をしておこう。
 こんなにも素敵な夢の中ならば、もしかして、十年ほど前に会ったきりの妖精、コーンに出会えたりはしないだろうか。ふと心をよぎった考えに、キョーコの胸は高鳴った。
 泣き虫だったキョーコが泣かないですむようにと、悲しみを吸い取る特別なお守りをくれたあの妖精の少年にもう一度出会うことを、キョーコは何度夢見ただろうか。そこらの茂みをかき分けて、輝く金の髪の美しい少年が出てきたりはしないかと、別れを告げられた後も、しばしば期待して探したものだった。だが、結局、あの夏の日のような奇跡は二度と起きることはなく、ときたま夢に出てくることがあっても、それは決まって幼い日に出会ったままの姿のコーンだった。だが、かつてないほどに幸せな気持ちで夢を見ている今なら、コーンが、自分の羽で空を飛んでいるところを見ることができるかもしれない。自分の羽で飛べたことが一度もないのだと嘆いていたコーンのそんな姿を見ることができたなら、どんなにか素敵だ。
 期待に胸を躍らせて、声に出してコーンの名前を呼びながら、キョーコは森の中を歩いた。だが、探し初めてからまもなくして、キョーコの胸の中には不安が暗雲のようにたれこめた。魔界人ことビーグルのボーカルの言葉を思い出したせいだ。キョーコがコーンからもらった石に触り、不気味なあの男は言ったのだ。その石の元の持ち主は、壊れるか、自分でこの世を去っている、と。この森の中で出会うコーンが、まさか、壊れていたり、死んでいたりするはずがない。夢は不安がそのまま現れたりするから、必死に打ち消そうとするのに、不吉な想像はどうしても頭から離れてくれない。
 一際大きな茂みをかき分けて、視界の先、太い木の向こうがわに、座り込んだ金髪の少年の背中がはみ出ているのを見つけ、キョーコは叫んだ。
「コーン!」
 キョーコの声は聞こえているだろうに、少年の背中はぴくりとも動かない。キョーコは転がるようにそこに辿りつき、少年の前まで回り込んだ。そこに座っていたのは確かにかつて出会った、美しい妖精の少年だった。しかし、芸術家が手がけた彫刻のように整っている顔は、自分の力で飛べたことがないと話していたときそのままの悲痛な表情を浮かべて虚空を見据え、木にもたれかかるようにして座っているその姿に、かつてあったような生気はなかった。視界にキョーコが入っていないはずはないのに、覗き込んでも、名前を呼んでも、コーンはまるで反応しない。
 では、キョーコの辛かった話や悲しかった話を優しく聞いて励ましてくれた彼は、やはり、あの魔界人の言う通りに、絶望の中で壊れていってしまったというのだろうか。夢の中とはいえ目の前の少年の姿に、キョーコの胸はどうしようもなく痛んだ。コーンは空を自分の力で飛んだ事が無いとひどく辛そうに話していたのに、そのときのキョーコは彼がそれほどまでに苦しんでいたことに気がつかなかった。コーンがキョーコの辛い話を聞いてくれたように、もっと彼の話を聞いてあげられれば。そうすれば、彼のために何ができなくとも、キョーコがコーンに話を聞いてもらえて嬉しかったように、少しは彼の辛さや苦しみは薄らいだかもしれなかった。こみ上げる後悔と悲しみのまま、キョーコの目からはぼろぼろと涙が溢れて落ちた。
「コーンは……今も苦しいの……?」
 ようやっと口に出した言葉は、ひどく掠れて、自分の声ではないようだった。


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